僕らはこれまで二人でニューヨークで過ごしてきたことや、面白かったこと、楽しかったことを、ラジオから流れるトニー・ベネットをBGMにしながら、長電話をして話した。
「私、あなたがいっていたどんなことにも心を使うっていう考え方にとても影響を受けたわ。最初は何をいっているのかわからなかったけれど、ある日、ブロードウェイを歩きながら、『いいこともそうでないことも、どんなことにも感謝をするんだ。学びだからね。そうすればどんなことも受け入れられるようになる』とあなたがいったとき、心を使うって意味がわかったの。暮らしにおける、どんな些細なこともすべて学び。だからこそ感謝という心で向き合う。あなたのこの言葉は私の人生を変えてくれたと思う。ありがとう」
「それは僕だって人から学んだことだよ。学びってほんとにすばらしいと思う。両親、友だちだけでなく、この社会、この世界だって、何かいつも学びを与えてくれているからね。
ただ、それを学びと思えるかどうかだけ。学びというのは、答えを教わることではなく、与えられたことを自分で考える、考え続けるということ。だから、そう考えると、学びというのは人生そのものだよね」
「うん、ほんとにそうね。私ね、あなたと明日からもしかしたら五年?もう会えなくなる。だけど、あなたという人を知ることができて、あなたはこれからもこの世界のどこかにいて、きっといつかまた会えると思ってる。それまでの未来に向かって、自分のするべきことを精一杯やる。あなたもきっと五年の間にきっと大きく成長すると思う。そうして五年後に、お互い成長した自分になってもう一度会うって、とてもすてきだと思えるし、そのためにがんばれると思うの」
「あなたからもうひとつ教わったことがあるわ。それは『ていねい』という日本らしい言葉。それは『今』を大切にするということよね。『今』の自分が、何年か後の自分を作る。未来の自分に現れる。これは真実。それなら『今』自分はどうする?ってことよね。『今』何をどんなふうに食べるのか。『今』どんなふうに人と接するのか。『今』何をするべきなのか。その答えは『ていねいに』とあなたがよくいっていた言葉にあると思う」
「ありがとう。アシャ。僕らは五年後、きっと大きく成長した自分になって会える。正直、さみしいけれど、五年後の約束があるって、すごいちからになるよ。僕がアシャから教わったのは、孤独を愛するってこと。孤独から逃げずに、孤独を抱きしめてあげるってこと。そう、孤独は人間の条件だということ。孤独はあたりまえなんだ。これを知れたことで僕は救われたよ」
「ねえ、ほら、『Stranger in Paradise』がラジオから流れてる。これからの私たちのテーマ曲よ」

「そうか、僕ら二人は『Stranger in Paradise』だね。そんな二人がニューヨークで出会って、二人ともそれぞれの新しい世界に旅立ち、きっとまたどこかで会える。『Stranger in Paradise』という言葉をお守りにして明日を迎えよう。愛してるよアシャ。」
「うん。私も愛してるわ」
そういって僕とアシャは静かに受話器を置いた。