ペギーは孫のアヴァを抱いて嬉しそうだった。アヴァはにこにこと笑いながら、小さい手でペギーの頬を叩いて喜んでいた。
「残念ながら、デンビーさんとは話ができなかったわ。体調が良くないみたい。身近にいる人に事情を伝えたら、きっと彼は荷物を預けているあなたにすべてまかせると思う、と言われたの。どうしましょうか?」と、アヴァをあやしながらペギーは言った。
「僕らは『Ballet』を見つけたことだけでも満足しています。しばらくこのまま保管されていたほうが良いと思います。この先、この本を処分せざるを得ない時になったら、ぜひ僕らに声をかけてください。その時は喜んで引き受けます」と、僕が言うと、横にいたジャックも頷いた。
「わかったわ。では、そうしましょう」と、ペギーは言って、箱から二冊の「Ballet」を取り出し「これは私からあなたたちへのプレゼントよ。二冊くらい減っても、彼は気がつかないし怒らないわよ。何年もこのままなんだから」と笑った。
ペギーからいただいた「Ballet」には、ブロドヴィッチの署名が入っていた。僕とジャックは思わず目を合わせて言葉を失った。
「今日は孫が来てくれて私は嬉しいのよ。あなたたちはラッキーね。さ、早く帰りなさい。何かあったら、必ず連絡しますから」とペギーは僕らを追いやった。
帰り際にアヴァを抱かせてもらうと、赤ちゃん特有のいいにおいがした。着ている服のやわらかさに触ると、いつかの自分もこんなふうに家族に愛されていたことを思い出した。
僕とジャックは、いただいた「Ballet」を大事に抱えてアパートを出て、「じゃあまた」と別れた。ジャックは「Ballet」について何も話さなかった。
アパートに着くと、管理人に呼び止められた。僕あての荷物があるから取りに来いとのことだった。なんだろうと思いながら、管理人室に行くと、古ぼけたギターケースと一通の手紙があった。送り主を見ると、ケンからだった。
「A GOLD BOOK」を大切にします。これは僕の宝ものです。宝ものの交換です。受け取ってください。ケンより。

ギターケースを部屋に運び、開けてみると入っていたのは小ぶりのギターだった。小さなメモがあった。「1926年製のマーティンの0-45です。ジョーン・バエズがウッドストックで弾いたギターと同モデルです」と書いてあった。
いつかケンと話していた時、彼が本だけでなく、ビンテージギターのコレクションもしていると聞いたので、戦前のマーティンを、いつか僕も手に入れたいと夢を語ったことを憶えていてくれたのだ。
彼は「A GOLD BOOK」と同等の価値のある自分の宝ものを、僕に贈ってくれたのだった。
すぐに電話をしてお礼を告げると、ケンは「いいんだ。そのギターでいつか何か弾いて聴かせてくれたら嬉しい」と言った。
僕は「ケンの好きな曲を教えてください。その曲を練習するよ」と僕が言うと、「ジェームズ・テイラーの『You’ve got a friend(君の友だち)』がいいな」とケンは言った。
仕事においては、決してお金を追ってはいけない。追うべきは自分のヴィジョンと夢。そして、精一杯に人の気持ちに応え、人を思い、人を助け、人と信頼という関係を築くこと。それがきほん。
そんな父の言葉を僕は噛み締めた。ギターの音色は艶やかでやさしかった。