ジャックに会おうと12丁目のストランド書店に行くと、店の中でジャックは、一冊の本を脇に抱え、店員と、エレガントな雰囲気の老紳士との三人で口論をしていた。
僕に気がついたジャックは目配せしたあとに、「やあ、こんばんは。ヤタロー」と言い、少し大げさに「彼は日本から来ている僕の友だちなんだ。紹介しよう」と言って、店員と老紳士に僕を紹介した。老紳士は、「ようこそ、ニューヨークへ」と柔和な笑顔で言った。
三人の話を聞いて事情がわかった。ジャックは、ある貴重な本を格安の値段で見つけた。そして、その本を買おうとした時、あまりの安さにレジ係の店員が気づき、値段を確かめると、その本はとんでもなく価値が高い本だとわかった。
しかし、ジャックは引き下がらず、価値があろうとなかろうと、値段を書いたのは店の責任だから、この値段で売るべきだと主張した。
揉めているところに、偶然、ジャックのクライアントであるコレクターの老紳士が通りかかり、今度は、その本を自分が正しい値段で買い取ると言い出した。
ジャックとしては、掘り出し物を見つけたのは自分であるから、クライアントとはいえ譲るわけにはいかず、ここに書かれている値段で買う、と言ってきかなかった。
その本は、ポップアートで知られたアンディ・ウォーホルの「A GOLD BOOK」という、1957年に作家本人によって手作りされた作品集だった。金色のペーパーボードに、花や猫や、少女などが細い線で描かれた、オフセットリトグラフで、わずか22ページながら、表紙カバーが金色に輝く、実に美しい一冊だった。手作りなので、当然、数は少ない。
僕はジャックの耳元で「いくらで見つけたの?」と聞くと、「80ドル……」と言った。店員はオーナーに値段を確かめなくてはならないから、この本は一旦預かると言い、コレクターの老紳士は1万ドルなら買おうと言った。
外出先のオーナーと電話がつながったらしく、あれこれと交渉の末、ジャックは渋々と本を店員に渡し、「決して値段のつけ間違いをしないでほしい」と店員に言い、コレクターの老紳士には、この本を買う権利を自分は得たので、入手したら連絡しますと告げた。
「1万ドルで買いますので……」と、老紳士はジャックに何度も伝えていた。

店を出た僕とジャックは、いつものドーナツ屋に入って、コーヒーを注文した。ジャックはひどく落ち込んで一言も話さなかった。
「ジャック…。さっきの本だけど、アパートの近くの古本屋で僕見たよ。値段はいくらかわからないけれど、本棚の上のほうに積んであったよ。金色だから覚えているんだ」
僕がそう言うと、ジャックは驚いた顔で僕の顔を見て、「え!ほんとかい?確かにあの本かい?今すぐ行こう。あの本が本棚にあるはずがないんだ!!」と言った。
僕とジャックは大急ぎでタクシーを捕まえて、その古本屋へと向かった。