星 佐和子
2020.07.15

テキスタイルデザイナー星佐和子さんが描く、記憶の中の風景

星 佐和子

ヘルシンキでテキスタイルデザイナーとして活動する星佐和子さん。「THE ART OF TEXTILE」でフィーチャーする星さんの作品は、北欧ならではの自然豊かな環境から生まれる。制作のプロセスに迫った。

Sawako Hoshi

心奪われた一枚のヴィンテージテキスタイル。

幼い頃から絵を描くことが好きだったという星さん。創作への情熱を抱き続け、美術大学でテキスタイルデザインの面白さに目覚めたという。「生活に溶け込めるプロダクトを作りたいという思いと、私のベースにある絵を描くということの先にテキスタイルデザインがありました」。そんな大学生活を送る中、フィンランドのテキスタイルデザインに触れる機会があった。「それまでグラフィカルなパターンの連続という印象があったのですが、その中で(フィンランドでテキスタイルデザイナーとして活躍し、後に星さんの恩師となる)石本藤雄さんのデザインにすごく惹かれたんです。伸びやかな線で描かれていて、まるで自然の中にいるように感じられて。このことをきっかけにフィンランドに興味を持ち始めました」

当時の日本は今ほど北欧ブームはなく、北欧への注目を集めるきっかけのひとつでもあった映画『かもめ食堂』も公開される前のこと。北欧に関する情報は少なかったが、留学を念頭に大学3年生の時にホームステイを経験。「生活にテキスタイルが息づいているんですよね。たまたま私のために用意してくれた部屋に、ヴィンテージのテキスタイルがカーテンに使われていて、それが光を受けた時の感じがとても素敵だったんです。私もこういうものを作りたいなと思って」

ヘルシンキの大学院では、日本とはまた違う学びが多かった。「日本の大学では基本的に手を使って、学生にしか作れないものを制作するという考えでしたが、ヘルシンキに来てからはプレゼンやグループワークなど、社会に出てデザイナーとして活動するための全てを学ぶというものでした。最初は戸惑いましたが、デザイナーとしての基礎はここで培われました」。創作のインスピレーションはヘルシンキの豊かな自然環境だ。「ちょっと歩いたら森がたくさんあるのでよく散歩します。東京出身なのでこんなに自然が身近にあることの良さを余計に感じるのかもしれません。爽やかな夏の緑も、地球の果てに来てしまったように感じさせる厳しく長い冬の景色も、本当に美しくって。そんな風景を描いたものをテキスタイルに落とし込んでいくと、その柄がリピートされ、まるで自然が広がっていくような感覚になるんです」

Sawako Hoshi

「記憶の中の風景」を探し求めて。

星さんは主にスクラッチ画法と呼ばれる方法でデザインを制作する。クレヨンで様々な色を重ね合わせ、先の細いもので重ねたクレヨンを削るように模様を付けていく。実際に手で描き、その原画をコンピューター上で拡大したり、縮小したり、または色を調整したり、という工程を経てテキスタイルデザインが作られていく。「まずは思い浮かんだ通りに自由に描いていきます。テキスタイルになることを想定しつつ、アートとデザインの領域を行ったり来たりする感じです。私の場合、実際見た風景を一度自分の中に留めておいて、記憶の中にある風景を取り出しながら描いていきます。記録として写真に残しておくこともありますが、ほとんどは自分の目で見た時の印象を大切にしています。冬の季節に、夏に見た景色を描くこともあるんです」

Sakuhin

原画はB5サイズやA4サイズなど。描いたものをパソコンで微調整していく。

Scratch

スクラッチ技法を用いて、細かい模様一つひとつを手作業で丁寧に。

星さんの創作において「記憶」は重要なキーワードだ。スクラッチ画法も幼稚園で花火を描くというお絵描きの時間に教わったのだという。幼い頃の記憶を今の創作プロセスに生かしているのだ。テキスタイルデザインの魅力をTシャツとして楽しむためのUTの「THE ART OF TEXTILE」コレクションでは、「晩夏」をテーマにしたデザインを提供してくれた。「秋にかけて稲穂が垂れる様をイメージした曲線を描きました。夏の終わりの空気が変わっていく感じがすごく好き。ちょっと寂しい、けれど、空気が澄んでいく感じが。思い浮かべるのは気持ちのいい夕方の帰り道。日本だったら、金木犀の香りがまたいいんですよね。そんな季節にさらっとシンプルに、日常に溶け込むように着られるようなデザインを心掛けました。ワンピースは、季節の変わり目に降る雨をイメージしています。秋雨の降った後のひんやりした空気もまた好きなんです」

ライフスタイルにテキスタイルを上手に取り入れるには。

UTをきっかけに、テキスタイルデザインの魅力に気づいてもらえたらそれはとても嬉しいことだ。そしてその魅力を日常の生活の中にもっと取り入れてみたくなるかもしれない。そのポイントとは。「フィンランドに来てから、テキスタイルがより身近になりました。ごく一般の家庭でもテーブルクロスを敷き、色鮮やかな食卓を楽しんだり、カーテンも気軽に季節によって変えたり、生活の仕方がとても豊かだと感じます」

Interior
Interior

星さんの自宅にて。軽やかに風をはらむカーテンやクッションカバーなど、様々な柄を組み合わせながらもトーンを統一することでさりげないアクセントに。

星さんのクリエイションのモチベーションもまさに生活に根付くもの。「テキスタイルデザインによって、生活に彩りが加わり、心を豊かにしてもらいたい。作り続ける理由はそこにあるのだと思います」。私たちの生活様式に大きな変化が生まれている今、一枚のテキスタイルとの出合いは、日常の光景をガラリと一新してくれるかもしれない。そんなテキスタイルの持つ可能性に期待してみたくなる。

©Sawako Hoshi

PROFILE

星 佐和子|1986年東京都生まれ。フィンランド、ヘルシンキ在住。2008年武蔵野美術大学卒業後、フィンランドに拠点を移し、Aalto大学の修士号を取得。その後Marimekko、Samuji、Kokkaへのデザイン提供など、フリーランスとして活動。主に自然の美と記憶の中の風景をテーマに、クレヨンのスクラッチ技法を用いて制作している。2019年12月より活動名を以前の浦 佐和子から星 佐和子に変更した。
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