

「彼女のペンキ絵が、この状況下を表しながらも ファンタジックな世界観を描き出してくれた」
ロックダウンという状況下で、この瞬間を反映させるようなコレクションストーリーが制作できないかと考えた時、ふと銭湯画のことが浮かんだのです。以前東京を訪れた際に立ち寄ったお店で銭湯画を見かけ、それが伝統的なものであることを知りました。銭湯画とは、銭湯という公共の場にペンキで風景を描く壁画で、これが日本特有の文化として伝統的に受け継がれてきたことに惹かれたのはもちろんですが、今回のキャンペーンビジュアルに、このペンキ絵という手法を用いて背景を描くことで、ファンタジックでポジティブな世界観を創り出せるのではないかと考えました。
改めて調べてみると、数少ない銭湯絵師の中にひとりだけ、若い女性がいることを知りました。それが、田中みずきさんでした。彼女には、今シーズンのコレクションストーリーである、ノッティングヒルの街並みを描いて欲しいとお願いをしましたが、具体的な注文はしませんでした。彼女ほど才能のあるアーティストであれば、自由に表現してもらうべきですから。現に、彼女から送られてきたファースト・スケッチを見ただけでワクワクさせられて、素晴らしい壁画になることがすぐにわかりました。
私と彼女のクリエイティビティに何か共通点があるとするなら、クラフトマンシップの哲学だと感じます。服であれアートであれ、作り手の伝統に対する敬意と知識のもと、ひとつの物がどのように作られるのかが何より大事なことなのです。

「ラインや色をプレイフルに掛け合わせたUNIQLO and JW ANDERSONコレクションが、ペンキ絵に新たなインスピレーションを与えてくれた」
今回の依頼をいただいた時は、純粋に驚きました。JW ANDERSONのデザインには、自分の創作とは正反対な性質があると感じたからです。私が捉えていた彼のデザインに対するイメージは、まずラインの扱い方が面白いということ。そして、色づかいの意外性でした。その両方を巧みに掛け合わせて、新たなデザインを生み出していく。一方で、銭湯画で描くモチーフは、基本的に富士山や草花といった有機的なものばかりなので、直線を使うことはほとんどありません。パレットに用意する色も三原色(赤・青・黄)と白という、ごくシンプルな4色。ここから色を作り出していきます。
このように正反対だからこそ、いいコラボレーションになるという予感もしていました。普段、銭湯のご主人から注文を受ける時は、「富士山を描いて欲しい」といったリクエストのもとで描くのですが、今回は「ノッティングヒルの街並み」です。建物やドア、窓は直線的で、使うペンキもコレクションのシックな色合いとは対照的なパステルカラーを取り寄せました。その中に、大和絵などに見られる“すやり霞”をアレンジして雲を描いたり、三原色と白をポイントに使ったりと、ペンキ絵のエッセンスを盛り込んでみたら、空想的な世界観が立ち上がっていきました。銭湯画も背景画のひとつですが、今回のコラボレーションによって、主役と背景とが引き立て合う関係について普段とは違うアプローチで取り組めたことは、私にとってとてもいい刺激になりました。
