プレスリリース
2008.04.07
~「考える人」2008年春号(新潮社)より転載~
環境を考えるナノテクノロジー
ユニクロ購買部部長
阿蘇品銀四郎(Asoshina Ginshiro)
阿蘇品という私の名字は珍しいとよく言われますが、九州地方にいた豪族に由来する名前で、熊本あたりの人間にとってはそれほど珍しくはないはずです。私の場合は名字に続く名前が銀四郎なので、病院や銀行でフルネームで呼ばれるのはさすがに苦手なんですけれど。
高校三年になる頃でしょうか、九州大学に行って土木工学を学びたいと考えるようになったことを覚えています。将来はオーストラリアの砂漠地帯の灌漑事業にたずさわり、オーストラリアの緑化を実現したい──それが当時の私の夢でした。ところが受験することになると、第一志望だった九州大学土木工学科には不合格。同じ九州大学で第二志望だった資源工学科には、なんとかすべりこむことができたんですね。
資源工学科では地熱工学の研究室に入って、地熱工学について学びながら、修論の研究テーマには高温岩体発電を選びました。地熱発電というと、火山帯にある温泉の湧く地域で行われるものというイメージがありますが、火山帯でなくとも、地下深くにはマグマがあります。マグマのすぐ上には高温の岩体があり、地温が高くなっています。その岩体に人工的にクラックをつくって、貯水槽のようなものを作る。そして岩体のなかにある人工の貯水槽へ水を送り込めば地温で水が高温になり、そこで蒸気が発生します。その蒸気でタービンを回して地熱発電をしようというのが、私の研究テーマである高温岩体発電の仕組みです。自然のエネルギーをいかに使うか、システム全体の仕組みを考えて効率よく動かしてゆくことの面白さを、この大学時代に学んだと思っています。
リスクには匂いがするもの
大学を卒業して入社したのはプラントのエンジニアリング会社でした。入社した頃は、ゆくゆくは中近東方面に行って石油プラントをつくりたいと思っていたのですが、最初に配属されたのは、石油とは無縁の場所でした。テーマパークのプロジェクト・マネジメントを担当する部署です。しかし、石油プラントもテーマパークも建設にともなうマネジメントの仕事、という意味では大きな違いはありません。テーマパークの図面を引き、建設のスケジュールを作り、資材を調達し、納期通りに現場が動くように監督してゆくのが私たちの仕事です。
全体を見渡すときには詳細な業務をひとつひとつ分解して、それぞれの項目にはどれぐらいの作業があり、日程が必要か、そしてどの項目が進行を妨げるボトルネックになりそうかを見抜いた上で、工程をつくらなければなりません。突発的なエラーが起こったときには、それをリカバリーするためにどういう工程をあてるかについても、あらかじめ考えておかなければならない。リスクはあらゆる場面で想定できますから、起こってから考えるのではなく、起こる前にシミュレーションしておく必要があるのです。
リスクというものは、あらかじめ匂いがするものです。何が危ないか、どこがポイントになりそうか、これを嗅ぎつけるのはある程度その人のセンスに負うところがあると思いますね。センスはその人にもともと備わっている場合もありますが、経験を重ねるなかで養われる部分も大きいと思います。
私が担当した仕事には、文化施設の建設やテーマパークの初期プロジェクト・マネジメントもありました。しかし当時はバブルがはじけた後で、現場と行き来できるような実務的な仕事がどんどん減ってしまい、現場を指揮するよりも企画営業を担当するのが主になってしまったんです。
自分としてはエンジニアのつもりだったのに、現場で実務ができずにいるのはどうもしっくりこない。なんだか現場が恋しくなってきたときに、ファーストリテイリングの仕事を紹介されたんです。
ユニクロは学生時代からよく知っていましたし、プラント・エンジニアリングの会社時代には中国での仕事も担当していましたから、ユニクロならば自分の経験も生かせるのではないか、と直感的に考えて、入社することになりました。
最初に配属されたのは、矢継ぎ早にオープンする新店のマネジメントを行う部署でした。年間で新たに百店ずつオープンする体制を構築しなければいけない時期でしたから、目が回るほど忙しかったことを覚えています。同時期に大量に店舗をオープンさせるための管理体制を構築しながら、店舗資材の調達も受け持ち、全国各地で次々にそれを回してゆく。そんなプロジェクト管理と調達業務、さらにはオープン直後の店舗支援の業務も担当して、新店のインフラをつくっていきました。その後は中国でのユニクロの立ち上げを現地に一年半ほど駐在しながら担当し、そのめどがついたときに今の購買部に移ってきたんです。
購買部にはいろいろな仕事があるのですが、「環境に配慮した資材の開発」というテーマも社会の環境意識の高まりとともに出てきました。その企業活動がお客様にも伝わりかつ購買規模がある程度大きなものをと考えた中で、ショッピングバッグの二酸化炭素の排出量の削減と、コストの削減が同時に成り立つような方策をさぐろうと考えました。
一筋縄ではいかない環境問題
ユニクロで使われるポリエチレン製ショッピングバッグは年間で約一億三〇〇〇万枚にもなります。二酸化炭素の排出量の削減や省エネ・省資源などの環境問題を考えるとき、ショッピングバッグはひとつの大きな課題でした。既存のショッピングバッグそのものに改良できる部分はあるのか。新たな素材を探したほうがいいのか。選択肢はひとつではありません。様々な可能性の検討は二年ほど前から続けてきました。
環境問題への対応は、一筋縄ではいかないところがあります。環境を最優先すれば基本的にコストは上がってしまう。ショッピングバッグに新素材を選ぶとしても、環境に新たな負荷をかけることにならないか、破れやすいなど実用面での問題が起こらないか、チェックする必要があります。新素材がきちんと安定供給できるものであるかについても、生産国の経済的な背景を含めて精査し、検討する必要があります。何かの要因で素材が不足したり、急激にコストが上がったりしても困るからです。
調査と研究の末に私たちが選択することになったのは、最先端の科学技術によって生まれた新素材を、従来の素材に加えることによって環境への負荷を軽減するという新しい方法でした。
ナノテクノロジーに注目する
私たちが注目したのは、東京理科大学理工学部の阿部正彦教授が中心となって開発した「ナノハイブリッドカプセル2」でした。一年半前にはまだ試作プラントの段階にすぎませんでしたが、それから開発が進んで量産が可能になり、実用化できるタイミングになってきたのです。
「ナノハイブリッドカプセル2」の細かい構造や作用をひと言で説明するのは難しいのですが、一メートルの十億分の一というナノテクノロジーの世界で初めて実現が可能になる物質です。ナノテクノロジーによって開発されたプラスチック添加剤が「ナノハイブリッドカプセル2」で、この添加剤をユニクロのショッピングバッグの素材に少量加えることによって、焼却される際に発生する二酸化炭素を削減することができるのです。
ただ、添加剤を使うことで有害物質が発生してしまっては元も子もありません。絶対に無害である、問題がないという裏付けを得るための検証に際しては、他の大学や公的機関など、第三者に検査を委ねました。
「ナノハイブリッドカプセル2」を知る以前に検討していた他の素材もあります。お客様からはポリエチレンのようなものではなく、紙を使ったほうが環境にはいいのではないか、というご意見もいただいていました。しかし紙は、木を切って紙にするまでの過程で重油を大量に使います。体積から考えても、ポリエチレンの場合に較べて紙は三倍にもなってしまう。つまり紙のほうが輸送時の負担が大きくなってしまうんですね。おのずと二酸化炭素の排出量も増えます。環境への負荷を考えた場合に、紙がほんとうに優れているのかどうか。
もうひとつの候補はトウモロコシなどをベースにしたポリ乳酸(PLA)繊維でした。最近は携帯電話のパッケージや使い捨ての食器などにも使われていますからご覧になったことがあるのではないでしょうか。ただ、PLAはショッピングバッグの素材として考えた場合、いくつかの難点がありました。
植物性ですから、素材自体に生分解性の性質を持っていますので紫外線を浴びると若干もろくなる可能性も否めません。匂いも少しですが感じられる。コスト上の不安もありました。最近はバイオ燃料が注目されるようになり、トウモロコシやサトウキビなど穀物相場が安定しにくい状況になっていますし、穀物メジャーのカーギル社が、アメリカの大手化学会社ダウ・ケミカル社と、合弁してつくったPLAを扱う会社が事実上のプライス・リーダーになっているため、ここが価格を上げてしまうと、どうにもならない部分がありそうだと。PLAはフィルムの状態で買わなければなりませんから、フィルムをいったん中国の工場に持ち込んで加工しなければならない。手間とコストもかかってしまうんです。また実際にショッピングバッグとして使う場合の強度についても、当時の調査の段階では、不安の残る結果が出ていました。
二酸化炭素を約六〇パーセント削減
「ナノハイブリッドカプセル2」は、ショッピングバッグの素材であるポリエチレンに対してわずか三パーセント添加するだけでいい。粒のかたちはポリエチレンとほぼ同じですから、新しい設備投資の必要はありません。つまり工場にも負担をかけないですむ。
またフィルムの強度が向上しますから、従来よりもショッピングバッグの厚みを薄くすることができ、石油系原材料であるポリエチレンの使用量を年間で二〇パーセントも減量できる。強度が向上することで、フィルム化された状態のものを機械で巻き取ってゆくスピードを上げることができますから、工場の生産性も上がります。出来上がったショッピングバッグの輸送についても、薄くなればかさが減り、重量も落ちます。結果的に輸送時に排出される二酸化炭素を削減できることになります。
本生産に入る前のサンプルの試作では、想定していなかった効果も確認できました。それはポリエチレンを溶かしてフィルムを作るための生成温度を、従来のものより一〇パーセント前後も引き下げることが可能になったことです。エネルギー効率からいっても、これは大きい。これらの効果をまとめてゆくと、「ナノハイブリッドカプセル2」を使用することで、二酸化炭素の排出量が年間で約六〇パーセントも削減できるという試算になるのです。
すでに昨年の暮れから、東日本の店舗を皮切りに新しいショッピングバッグの導入が始まりました。この春からはアジア地区のユニクロの店舗でも導入が始まります。私たちの試みが、ユニクロにとどまらず世界的な標準となれば、全国で年間に三〇〇億枚消費されているとされるショッピングバッグの、地球環境への負荷を低減させることに大きく寄与できるのではないかと考えています。
もちろん、科学技術は日々進化しています。二年後、三年後にもっとすぐれた素材がでてくるかもしれません。そうなればまた、様々な検証を経て、もっとも有効な方策をさぐり、最善の道を選択してゆくことになるだろうと思います。ですから、基礎技術研究の最前線からはこれからも目が離せないと思っています。
ユニクロはナノハイブリッドカプセル2を添加剤として使用した「環境配慮型ショッピングバッグ」を、07年12月末から全店舗に向けて導入開始いたしました。地球温暖化ガスである二酸化炭素の排出量を、従来のショッピングバッグと比較して約60%(当社比)削減します。この環境負荷低減に向けた私どもの一つの活動が世界の標準となり、環境負荷低減の一助となればと考えております。ユニクロは今後も社会的責任に関する様々な施策に積極的な姿勢で取り組んでまいります。
「考える人」2008年春号
(文/取材:新潮社編集部、撮影:青木登(ポートレイト)、広瀬達郎)
詳しくは、新潮社のホームページをご覧下さい。

ユニクロはナノハイブリッドカプセル2を添加剤として使用した「環境配慮型ショッピングバッグ」を、07年12月末から全店舗に向けて導入開始いたしました。地球温暖化ガスである二酸化炭素の排出量を、従来のショッピングバッグと比較して約60%(当社比)削減します。この環境負荷低減に向けた私どもの一つの活動が世界の標準となり、環境負荷低減の一助となればと考えております。ユニクロは今後も社会的責任に関する様々な施策に積極的な姿勢で取り組んでまいります。