難民映画基金インタビュー第1回
支援の第二弾へ——クレア・スチュワートさんが語る成果と展望
Jun 02, 2026
LifeWear
ロッテルダム映画祭(IFFR)で2025年にパイロット版として創設が発表された「難民映画基金」(Displacement Film Fund 、以下DFF)」。「ディスプレイスメント(避難・強制移動)」を余儀なくされた、またはその物語に向き合う映画制作者5名に対し、短編映画制作のために一人あたり10万ユーロを支援し、2026年のIFFRでのプレミア上映の機会を提供する取り組みです。株式会社ユニクロも、創設パートナーとして参画しています。
2026年1月30日(現地時間)、支援を受けた5名の短編がIFFRで初披露され、DFFは初の成果を迎えました。プレミア上映の翌日に実施した、映画が生んだ連帯とこの新しい基金の可能性についての関係者へのインタビューをお届けします。第一回は、IFFRマネジング・ディレクターのクレア・スチュワートさんがDFFの成果を振り返ります。
―DFFのパイロット版が現実のものとなり、5本の映画のプレミアを経た今、個々の作品についてではなく、基金全体としての発見はありましたか?
これらの映画を通じて基金が現実になっていくのを見るのは、本当に素晴らしいことです。映画そのものについて驚いたのは、5本がとても異なりながらも、テーマ的に共鳴し合っているということです。「ディスプレイスメント」の経験、見知らぬ文脈の中で自分らしくあろうとする感覚――そうした響き合いがそれぞれの映画の間に存在していました。強制的に故郷を追われたとき、どうやって自分の存在感を取り戻すか。そして孤立の経験とは何か。モ・ハラウェの作品のように、必ずしも直接的には描かない作品でも、よそ者であることの感覚が神秘的でありながらも深く伝わってきて、それは移住や離散の経験と深くつながっていると思います。またもう一つ驚いたのは、これほど短い期間で実現できたということです。それはノミネーションと選考委員会が素晴らしい仕事をしてくれた証でもあります。今回の5人の映画監督たちは全員、ビジュアル・ストーリーテリングの経験と、それぞれ異なるスタイルを持ちながらも、雄弁な映像言語を持っていました。そして観客とつながることを知っている。基金の大きな目的の一つは、「ディスプレイスメント」を経験した映画監督を支援することだけでなく、彼らの物語がより多くの観客に届くようにすることなんです。
―1月30日に行われたワールドプレミア上映では、それを実感しましたか?
一般観客に向けたプレミア上映は、本当に感動的でした。シドニー映画祭、ロンドン映画祭、そして今のIFFRと、長年映画祭の仕事をしてきた中で、昨夜の難民映画基金のプレミアは私がこれまでホストした中でも最も感動的な上映の一つでした。会場の温かさとエネルギーが本当に感じられた。そしてこれらの物語を、これらの映画監督たちを支えたいという、会場の中の願いのようなものが。
―プレミア上映で最も心に残った瞬間はありますか?
特に心に残ったのは、映画監督たちの間に生まれたつながりです。後半の二作品の上映が終わって拍手が起きたとき、ステージの上から会場を見ていたら、モハマド・ラスロフとモ・ハラウェが立ち上がって抱き合う瞬間が見えました。それが本当に信じられないくらい美しくて。ステージの上からは客席全体が見えるのですが、その瞬間、会場の全員がその二人に視線を向けたのがわかりました。今思い出してもゾクゾクします。本当に胸を打たれました。
―十分な資金と、発表に向けて設計された短い制作期間が、彼らを既存の創作プロセスの枠組みから解放したんですね。
映画監督たちにクリエイティブな自由が与えられたとき、何が生まれるか――それが見えた、ということだと思います。この基金は、短編映画を作るのに十分な規模、10万ユーロとして設計されました。他の資金源を探す必要がなかったことで、ある種の自由が生まれました。投資者が増えるほど、クリエイティブな境界線を調整せざるを得なくなる。助成金の自由と、IFFRで世界初演を行うという時間的制約が組み合わさることで、映画監督とクリエイティブ・チームに非常に研ぎ澄まされた集中力が生まれたと思います。詩的な作品においてもその緊張感とエネルギーが感じられました。モハマドが、あれほど短い期間であの物語に辿り着けたのは、彼が傑出した映画監督であることの証です。
―映画監督それぞれが、その経験を違う形で語っていたのも印象的でした。
そうなんです。シャフルバヌ・サダトは、イランでアフガン難民の家族のもとに生まれ、その後アフガニスタンに移り、そこでも「よそ者」として扱われ、そしてドイツへ逃れています。彼女が生きてきた三つの場所すべてにおいて、自分自身からも、自分の身体からも、文化からも、どこか切り離されているような感覚を抱いていた。この基金から依頼があったのがまさに、彼女が「身体というホームにつながる感覚」を取り戻そうとしているタイミングでした。そこには偶然の要素もある。この基金が「ディスプレイスメント」の経験のそれぞれ違う地点、人生の特定の瞬間にその映画監督のもとに届いたことで、何が生まれるか――それがとても興味深いと思っています。
左から順に:クレア・スチュワート(IFFR マネージングディレクター)、キャロラ・スハウテン(ロッテルダム市長)、ケイト・ブランシェット(DFF共同創設者・リーダー)、ヴァニヤ・カリュジェルチッチ(IFFR フェスティバルディレクター)、タマラ・タティシヴィリ(ヒューバート・バルス基金ヘッド)
―ほかの基金とは異なる特別な構造ですね。ケイト・ブランシェットが短編にこだわった理由も、そこにあるのでしょうか。
そうです。「ディスプレイスメント」の物語を届け、そうした経験を持つ映画監督を支援することの緊急性があったので、短編はそれを速やかに達成する方法でもありました。そして形式そのものの力として、短編は長編よりも強いものを伝えられることもある。5本それぞれが、伝えたいことを伝えるのに必要な時間をとっています。長さもそれぞれ違う。でもひとつも過不足はありません。
―第二サイクルが決定しましたが、新たに考えていることや試してみたいことはありますか?
映画祭の後、すべてのパートナーと集まって評価と振り返りをする予定です。パイロット段階での学びから、次のラウンドの形を考えるうえで反映したいことはいくつかあります。今後発表していきたいと思います。
―DFFはIFFRの一部であるヒューバート・バルス基金の取り組みであり、IFFRがマネジメント・パートナーとして携わっています。最終的にどのような「場」を生み出すことを目指していますか?
ヒューバート・バルス基金は、製作基盤が乏しい国や、政治的迫害など厳しい状況に置かれた映画監督たちを支援し続けて30年になります。このイニシアティブはその目的を引き継ぎながら、別の方向へ展開しています。短編映画の製作資金を提供するという点でIFFRとしても非常に重要で、IFFRは長年、大規模な国際映画祭の中でも最大規模の短編映画プログラムを持ってきた映画祭だからこそ、二つのコミットメントが一つに結びついています。そして私たちはマネジメント・パートナーとして、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)を戦略的パートナーに迎え、多くのパートナーとともに映画そのものへの最大の機会を生み出そうとしています。この基金が国際的に見てもユニークなのは、設立パートナーの組み合わせにあります。グローバルな展開力を持つユニクロのような大企業、アフリカやオランダ、スイスからの慈善財団、そしてMASTER MINDを通じて支援する柳井康治さんのような個人まで。今回、第二サイクルに向けてSPロヒア財団も主要パートナーとして参加されました。政府の公的資金以外で、これほどクリエイティブな自由を映画監督に与え、これだけユニークなパートナーシップの組み合わせを持つ基金は、映画産業の中でほとんど存在しません。基金を拡大する可能性だけでなく、これが映画産業における革新的なモデルとして、特定の緊急テーマに対して連帯しながらどのように取り組むか、新しい示し方になりうると思っています。
―パートナーそれぞれが異なる形で基金を支え合い、広げているんですね。
その通りです。AHRC財団はモとともに、ソマリアで映画製作がどのように産業的な影響を持てるかという非常に具体的な取り組みをしています。ユニクロはチャリティTシャツプロジェクト「PEACE FOR ALL」を通じて、限られたリソースでは到底届かない規模で基金のメッセージを世界に広めてくれています。Droom en Daad財団がプレス会見とプレミア・レセプションをサポートしてくれたように、各パートナーが全体のプロジェクトを底上げするために追加の貢献をしてくれている。彼らのサポートなしには実現できなかったことです。
―今後、映画祭と基金の関係は、どう発展していくのでしょうか?
私たちは大規模な国際映画祭と大規模なグローバル基金の両方を運営する組織として、常に「映画祭を運営するとはどういうことか」「基金を運営するとはどういうことか」のバランスを考えてきました。このイニシアティブにおける私たちのマネジメントの役割として重要なのは、映画祭の力と基金の力を一つに結びつけているということです。パートナーシップが基金のインパクトを増幅させてくれるのと同じように、映画祭と基金が連動することで、基金のインパクトはより大きくなると信じています。
クレア・スチュワート
IFFRのマネージング・ディレクター。2023年6月に就任し、フェスティバルのマネージング・ディレクターを務めている。2022年には、英国を代表するドキュメンタリー映画祭であるシェフィールド・ドックフェストの暫定CEOを務めた。それ以前は、BFIロンドン映画祭およびBFIフレア:ロンドンLGBTQIA+映画祭のディレクター(2012年~2017年)を務めたほか、 シドニー映画祭のフェスティバル・ディレクター(2006年~2011年)、そしてメルボルンにあるオーストラリア映像センター(ACMI)の初代映画プログラム責任者(2002年~2006年)を務めた。BAFTA映画委員会の選出委員(2020年~2024年)も務めている。
「PEACE FOR ALL」とのコラボレーションが決定
ユニクロのチャリティTシャツプロジェクト「PEACE FOR ALL」と「難民映画基金(Displacement Film Fund)」のコラボレーションによるTシャツが2026年6月19日(金)より発売。支援を受ける5名の映画監督が寄せた「平和」をテーマにした言葉をもとに、映画の力で難民の声を世界に届ける想いをデザインで表現しています。 このTシャツの利益は、「Displacement Film Fund(難民映画基金)」へ寄付されます。
難民映画基金(Displacement Film Fund)」とは
「難民映画基金」は、避難を余儀なくされた映画制作者、または避難民としての経験を描いた実績のある映画制作者の活動を支援・助成するために設立されました。2025年の第54回ロッテルダム国際映画祭(IFFR)において、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)親善大使であるケイト・ブランシェット氏が発表し、マスターマインド、ユニクロ、ドローム・エン・ダード、タマーファミリー財団、アマホロ連合が創設パートナーとして名を連ねています。ヒューバート・バルス基金を運営パートナー、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)を戦略パートナーとし、短編映画への助成制度を開始。さらに、第55回ロッテルダム国際映画祭において、新たな主要パートナーとしてアールティ・ロヒア氏およびSPロヒア財団が加わることが発表されました。両者はパイロットイヤーの成功を受け、同基金への支援を約束しています。
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ロッテルダム映画祭(IFFR)で2025年にパイロット版として創設が発表された「難民映画基金」(Displacement Film Fund 、以下DFF)」。「ディスプレイスメント(避難・強制移動)」を余儀なくされた、またはその物語に向き合う映画制作者5名に対し、短編映画制作のために一人あたり10万ユーロを支援し、2026年のIFFRでのプレミア上映の機会を提供する取り組みです。株式会社ユニクロも、創設パートナーとして参画しています。
2026年1月30日(現地時間)、支援を受けた5名の短編がIFFRで初披露され、DFFは初の成果を迎えました。プレミア上映の翌日に実施した、映画が生んだ連帯とこの新しい基金の可能性についての関係者へのインタビューをお届けします。第一回は、IFFRマネジング・ディレクターのクレア・スチュワートさんがDFFの成果を振り返ります。
―DFFのパイロット版が現実のものとなり、5本の映画のプレミアを経た今、個々の作品についてではなく、基金全体としての発見はありましたか?
これらの映画を通じて基金が現実になっていくのを見るのは、本当に素晴らしいことです。映画そのものについて驚いたのは、5本がとても異なりながらも、テーマ的に共鳴し合っているということです。「ディスプレイスメント」の経験、見知らぬ文脈の中で自分らしくあろうとする感覚――そうした響き合いがそれぞれの映画の間に存在していました。強制的に故郷を追われたとき、どうやって自分の存在感を取り戻すか。そして孤立の経験とは何か。モ・ハラウェの作品のように、必ずしも直接的には描かない作品でも、よそ者であることの感覚が神秘的でありながらも深く伝わってきて、それは移住や離散の経験と深くつながっていると思います。またもう一つ驚いたのは、これほど短い期間で実現できたということです。それはノミネーションと選考委員会が素晴らしい仕事をしてくれた証でもあります。今回の5人の映画監督たちは全員、ビジュアル・ストーリーテリングの経験と、それぞれ異なるスタイルを持ちながらも、雄弁な映像言語を持っていました。そして観客とつながることを知っている。基金の大きな目的の一つは、「ディスプレイスメント」を経験した映画監督を支援することだけでなく、彼らの物語がより多くの観客に届くようにすることなんです。
―1月30日に行われたワールドプレミア上映では、それを実感しましたか?
一般観客に向けたプレミア上映は、本当に感動的でした。シドニー映画祭、ロンドン映画祭、そして今のIFFRと、長年映画祭の仕事をしてきた中で、昨夜の難民映画基金のプレミアは私がこれまでホストした中でも最も感動的な上映の一つでした。会場の温かさとエネルギーが本当に感じられた。そしてこれらの物語を、これらの映画監督たちを支えたいという、会場の中の願いのようなものが。
―プレミア上映で最も心に残った瞬間はありますか?
特に心に残ったのは、映画監督たちの間に生まれたつながりです。後半の二作品の上映が終わって拍手が起きたとき、ステージの上から会場を見ていたら、モハマド・ラスロフとモ・ハラウェが立ち上がって抱き合う瞬間が見えました。それが本当に信じられないくらい美しくて。ステージの上からは客席全体が見えるのですが、その瞬間、会場の全員がその二人に視線を向けたのがわかりました。今思い出してもゾクゾクします。本当に胸を打たれました。
―十分な資金と、発表に向けて設計された短い制作期間が、彼らを既存の創作プロセスの枠組みから解放したんですね。
映画監督たちにクリエイティブな自由が与えられたとき、何が生まれるか――それが見えた、ということだと思います。この基金は、短編映画を作るのに十分な規模、10万ユーロとして設計されました。他の資金源を探す必要がなかったことで、ある種の自由が生まれました。投資者が増えるほど、クリエイティブな境界線を調整せざるを得なくなる。助成金の自由と、IFFRで世界初演を行うという時間的制約が組み合わさることで、映画監督とクリエイティブ・チームに非常に研ぎ澄まされた集中力が生まれたと思います。詩的な作品においてもその緊張感とエネルギーが感じられました。モハマドが、あれほど短い期間であの物語に辿り着けたのは、彼が傑出した映画監督であることの証です。
―映画監督それぞれが、その経験を違う形で語っていたのも印象的でした。
そうなんです。シャフルバヌ・サダトは、イランでアフガン難民の家族のもとに生まれ、その後アフガニスタンに移り、そこでも「よそ者」として扱われ、そしてドイツへ逃れています。彼女が生きてきた三つの場所すべてにおいて、自分自身からも、自分の身体からも、文化からも、どこか切り離されているような感覚を抱いていた。この基金から依頼があったのがまさに、彼女が「身体というホームにつながる感覚」を取り戻そうとしているタイミングでした。そこには偶然の要素もある。この基金が「ディスプレイスメント」の経験のそれぞれ違う地点、人生の特定の瞬間にその映画監督のもとに届いたことで、何が生まれるか――それがとても興味深いと思っています。
左から順に:クレア・スチュワート(IFFR マネージングディレクター)、キャロラ・スハウテン(ロッテルダム市長)、ケイト・ブランシェット(DFF共同創設者・リーダー)、ヴァニヤ・カリュジェルチッチ(IFFR フェスティバルディレクター)、タマラ・タティシヴィリ(ヒューバート・バルス基金ヘッド)
―ほかの基金とは異なる特別な構造ですね。ケイト・ブランシェットが短編にこだわった理由も、そこにあるのでしょうか。
そうです。「ディスプレイスメント」の物語を届け、そうした経験を持つ映画監督を支援することの緊急性があったので、短編はそれを速やかに達成する方法でもありました。そして形式そのものの力として、短編は長編よりも強いものを伝えられることもある。5本それぞれが、伝えたいことを伝えるのに必要な時間をとっています。長さもそれぞれ違う。でもひとつも過不足はありません。
―第二サイクルが決定しましたが、新たに考えていることや試してみたいことはありますか?
映画祭の後、すべてのパートナーと集まって評価と振り返りをする予定です。パイロット段階での学びから、次のラウンドの形を考えるうえで反映したいことはいくつかあります。今後発表していきたいと思います。
―DFFはIFFRの一部であるヒューバート・バルス基金の取り組みであり、IFFRがマネジメント・パートナーとして携わっています。最終的にどのような「場」を生み出すことを目指していますか?
ヒューバート・バルス基金は、製作基盤が乏しい国や、政治的迫害など厳しい状況に置かれた映画監督たちを支援し続けて30年になります。このイニシアティブはその目的を引き継ぎながら、別の方向へ展開しています。短編映画の製作資金を提供するという点でIFFRとしても非常に重要で、IFFRは長年、大規模な国際映画祭の中でも最大規模の短編映画プログラムを持ってきた映画祭だからこそ、二つのコミットメントが一つに結びついています。そして私たちはマネジメント・パートナーとして、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)を戦略的パートナーに迎え、多くのパートナーとともに映画そのものへの最大の機会を生み出そうとしています。この基金が国際的に見てもユニークなのは、設立パートナーの組み合わせにあります。グローバルな展開力を持つユニクロのような大企業、アフリカやオランダ、スイスからの慈善財団、そしてMASTER MINDを通じて支援する柳井康治さんのような個人まで。今回、第二サイクルに向けてSPロヒア財団も主要パートナーとして参加されました。政府の公的資金以外で、これほどクリエイティブな自由を映画監督に与え、これだけユニークなパートナーシップの組み合わせを持つ基金は、映画産業の中でほとんど存在しません。基金を拡大する可能性だけでなく、これが映画産業における革新的なモデルとして、特定の緊急テーマに対して連帯しながらどのように取り組むか、新しい示し方になりうると思っています。
―パートナーそれぞれが異なる形で基金を支え合い、広げているんですね。
その通りです。AHRC財団はモとともに、ソマリアで映画製作がどのように産業的な影響を持てるかという非常に具体的な取り組みをしています。ユニクロはチャリティTシャツプロジェクト「PEACE FOR ALL」を通じて、限られたリソースでは到底届かない規模で基金のメッセージを世界に広めてくれています。Droom en Daad財団がプレス会見とプレミア・レセプションをサポートしてくれたように、各パートナーが全体のプロジェクトを底上げするために追加の貢献をしてくれている。彼らのサポートなしには実現できなかったことです。
―今後、映画祭と基金の関係は、どう発展していくのでしょうか?
私たちは大規模な国際映画祭と大規模なグローバル基金の両方を運営する組織として、常に「映画祭を運営するとはどういうことか」「基金を運営するとはどういうことか」のバランスを考えてきました。このイニシアティブにおける私たちのマネジメントの役割として重要なのは、映画祭の力と基金の力を一つに結びつけているということです。パートナーシップが基金のインパクトを増幅させてくれるのと同じように、映画祭と基金が連動することで、基金のインパクトはより大きくなると信じています。
クレア・スチュワート
IFFRのマネージング・ディレクター。2023年6月に就任し、フェスティバルのマネージング・ディレクターを務めている。2022年には、英国を代表するドキュメンタリー映画祭であるシェフィールド・ドックフェストの暫定CEOを務めた。それ以前は、BFIロンドン映画祭およびBFIフレア:ロンドンLGBTQIA+映画祭のディレクター(2012年~2017年)を務めたほか、 シドニー映画祭のフェスティバル・ディレクター(2006年~2011年)、そしてメルボルンにあるオーストラリア映像センター(ACMI)の初代映画プログラム責任者(2002年~2006年)を務めた。BAFTA映画委員会の選出委員(2020年~2024年)も務めている。
「PEACE FOR ALL」とのコラボレーションが決定
ユニクロのチャリティTシャツプロジェクト「PEACE FOR ALL」と「難民映画基金(Displacement Film Fund)」のコラボレーションによるTシャツが2026年6月19日(金)より発売。支援を受ける5名の映画監督が寄せた「平和」をテーマにした言葉をもとに、映画の力で難民の声を世界に届ける想いをデザインで表現しています。 このTシャツの利益は、「Displacement Film Fund(難民映画基金)」へ寄付されます。
難民映画基金(Displacement Film Fund)」とは
「難民映画基金」は、避難を余儀なくされた映画制作者、または避難民としての経験を描いた実績のある映画制作者の活動を支援・助成するために設立されました。2025年の第54回ロッテルダム国際映画祭(IFFR)において、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)親善大使であるケイト・ブランシェット氏が発表し、マスターマインド、ユニクロ、ドローム・エン・ダード、タマーファミリー財団、アマホロ連合が創設パートナーとして名を連ねています。ヒューバート・バルス基金を運営パートナー、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)を戦略パートナーとし、短編映画への助成制度を開始。さらに、第55回ロッテルダム国際映画祭において、新たな主要パートナーとしてアールティ・ロヒア氏およびSPロヒア財団が加わることが発表されました。両者はパイロットイヤーの成功を受け、同基金への支援を約束しています。
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