「連帯」が結ぶ5つの物語―「難民映画基金」、ロッテルダムで世界初上映
Mar 06, 2026
LifeWear
移民の出発港オランダから、難民支援基金の歴史が始まる
2026年1月30日、かつて北米へ向かう移民たちの出発港として機能してきたオランダ・ロッテルダムで開催された、ロッテルダム国際映画祭(IFFR)で「難民映画基金(Displacement Film Fund /DFF)」が支援する短編5作品が世界初上映されました。本基金はディスプレイスメント(避難・強制移動)を余儀なくされた、または避難に関する物語に関わる映画製作者に光を当て、世界的に深刻化する危機に迅速に応えること、そしてこうした物語を一般の観客へ届けることを目的に昨年設立され、今回が初の成果発表となりました。ユニクロは「難民映画基金」に対し、創設パートナーとして10万ユーロの寄付を行いました。
プレミアの数時間前、移民をテーマに掲げる美術館Fenixにて記者会見が行われました。登壇したのは、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)親善大使のケイト・ブランシェット氏、IFFRマネージングディレクターのクレア・スチュワート氏、ヒューバート・バルス基金(HBF)ディレクターのタマラ・タティシュヴィリ氏、そして支援を受けた5名の映画制作者、モハマド・ラスロフ氏、マリナ・エル・ゴルバチ氏、モ・ハラウェ氏、ハサン・カッタン氏、シャフルバヌ・サダト氏です。
ロッテルダムは、19世紀後半から20世紀初頭にかけて、ヨーロッパから北米へ渡る移民の主要な出発港となり、第二次世界大戦後も多くの移民を受け入れ、人口の半数以上が移民ルーツを持つ都市として知られています。そこで、難民映画基金の会見が開かれたことについて、ブランシェット氏は「これらの映画をプレミア上映する場所として、これ以上の場所はないと思います。ここロッテルダムでは、いろいろなものが交わり、重なり合っているように感じます」と指摘。「“情熱的なプロジェクト”なんて言い方では、とても足りません」と、2023年末のグローバル難民フォーラムで始まった基金への強い思いを振り返り、設立からたった1年で5作品の上映まで実現したことへの感謝と、すでに取り組みが第二サイクルへ進んでいることを発表しました。
「女性の経験が単一ではないのと同じように、ディスプレイスメントの経験も単一ではありません。それぞれの映画は共通するテーマはありますが、驚くほど多様です。それぞれが、個性的で、作り手の内側から生まれたもの。しかし並べて観ることで、多様な視点が浮かび上がります。なぜなら現代の世界は真実から大きく引離れていると思うから。もちろん、真実は複数の視点の集合体です。今夜集まる作品は、まさにそうした視点に応えています」
IFFRのスチュワート氏は、基金の迅速性が、映画制作者たちが短期間で制作に集中できるプロセスを促したことを言及。最後に、HBFのタマラ氏は、本基金が実現にいたった核を「連帯」という言葉で表現しました。
5人の映画制作者が描く、それぞれのディスプレイスメント
上映に先立ち、オープニングセレモニーでは、アマンダ・ゴーマン氏が自身の詩「What we carry」を朗読しました。「私たちは明日へと歩みを進める、世界だけを背負って」という締めくくりを引き継ぐように、最初に上映された作品は、ウクライナ出身のエル・ゴルバチ氏の短編『Rotation』。戦争下で兵役に就くことになった若い女性の心の動きを追う物語です。会見で彼女は、撮影のため帰国し、多くの制約により、撮影条件を変更せざるを得なかった経験が物語を変化させたことを振り返ります。
「ウクライナで経験している、日常の喪失を語りたいと思いました。日常が少しずつ奪われ、ずらされていく。それは、特別なことではなく、どの国でも起きうること。撮影のためにウクライナに戻ると、戦争が、制作の条件も変えてしまうという現実と直面しました。従来の方法で安全を保証できず、可能な条件を探し、適応する必要があったのです。そこから、自ら選んだのではなく、平穏な生活を離れて兵役に就かざるを得なかった人々への物語を追いかけ始めました」
『Rotation』
イランでアフガニスタン人として生まれたサダト氏による『Super Afghan Gym』は、閉ざされたカブールのジムに集う主婦たちの姿を描く社会派コメディ。女性たちに許されたわずかな時間だけ、解放されるジムで繰り広げられる物語は、自身の体験に基づき、厳しい社会状況や制約のなかで、軽やかに、自分らしく生きようとする女性たちを物語は照らします。
「イランでも、アフガニスタンでも、ドイツに移住した後でさえ、私はどこにも属していないと感じていました。独学で映画を作ることが、自分の声や自分自身を見つけるための手がかりとなり、一種のセラピーでした。 やがて気づいたんです。イラン人、アフリカ系、外国人、他者、ディスプレイスされた人といったアイデンティティは、外側から貼られたラベルにすぎない。内側の私は同じ人間なのだと」
『Super Afghan Gym』
シリア出身のカッタン氏による『Allies in Exile』は、14年にわたって続くシリア紛争と向き合ってきた友人ファディ・アル・アラビ氏とともに亡命申請という官僚的な迷宮に入り込む日々を捉えたドキュメンタリー。
「一瞬一瞬、一コマ一コマが記憶であり、故郷から受け継いだものです。シリア、トルコ、ロンドンに至るまでの旅の途中でも、苦しいときほどそこに逃げ込んでいました。家を失うと、人はどうにかして別の形で家を取り戻そうとする。自分にとってこの映画を作ることが癒しのプロセスでした」
『Allies in Exile』
ソマリア出身のハラウェ氏の『Whispers of a Burning Scent』は、ディスプレイスメントの感覚を体験させる作品。モガディシュの結婚式で演奏するキーボード奏者が、認知症の75歳女性と結婚し財産を売却した疑いで法廷に立たされることになります。
「ディスプレイスメントを扱う映画だからといって、必ずしもそれを直接テーマにしなければならないわけではありません。大切なのは、その経験と感情を生き抜いた者としてどう物語るかということです。ディスプレイスメントにはさまざまな状態や段階がありますから。今回、最も意味があったのは、映画制作のインフラが整っていないソマリアのチームとともに制作できた経験そのものです」
『Whispers of a Burning Scent』
人間らしさを守り続けるために
上映を終えると、満員のオウデ・ルクソール劇場は温かいスタンディングオベーションで包まれ、映画と目の前にある現実との間につながりを感じさせる高揚感に満ちていました。質疑応答では、舞台上にブランシェット氏とスチュワート氏も加わり、互いの作品を初めて知る監督たちが目に見える連帯感を持って語り合いました。
「私はこれまでずっと希望に満ちていました。痛みを芸術に昇華させる、クリエイティブな出口を見つけるように助言してきました。でも今は、深い不条理と虚しさを感じています」
落ち着いた口調で語られたこの発言に、会場は一瞬、引き締まりました。イラン出身のラスロフ氏が、イラン政府による抗議運動への暴力的な弾圧に対し、遺憾の意を示しました。
フィナーレを飾ったのは、ラスロフ氏による、言語と感覚の隔たりを探る短編『Sense of Water』。彼は、『聖なるイチジクの種』の撮影を秘密裏に終えた後、1年半前にイランを脱出。山を越えて陸路で不法に国境を越え、最終的にドイツに定住しました。「イランを離れ、ヨーロッパに渡ることは、未知の領域でした。よく知らない文化のなかで、亡命者としての映画制作はどんなものか。過去と今生きている現在をどうつなげ、世界中の観客にとって意味のある物語を語れるのか」という問いを追いかけたというラスロフ氏。「芸術家が故郷を離れると意味のある作品を作れない、とよく言われます。その神話を壊したかったんです」と加え、この映画を作ることで、母国の外で創作することへの恐怖から解き放たれたと言います。
『Sense of Water』
最後に、DFFの立ち上げに尽力したブランシェット氏は、「わたしたちは人間性から切り離される危うさのなかにいる」のだと警鐘を鳴らし、「映画はわたしたちを再びつなぐ」と、確信を込めて語りました。笑いと涙、張り詰めた緊張とあたたかさが交錯するプレミアは、鳴りやまない拍手に包まれて幕を閉じました。作品そのものだけでなく、困難な状況のなかで映画を作り続ける人々への賛辞であり、それぞれの作品がさらに遠くへ、世界へと届いていく未来を後押しする夜でした。
ユニクロは「難民映画基金」の第二弾の実施に向け、本年も10万ユーロの寄付をすることを決定いたしました。今後も映画のチカラで難民の声を世界に届けるため「難民映画基金」の支援を継続して参ります。
「難民映画基金(Displacement Film Fund /DFF)」とは
「難民映画基金」は、避難を余儀なくされた映画制作者、または避難民としての経験を描いた実績のある映画制作者の活動を支援・助成するために設立されました。2025年の第54回ロッテルダム国際映画祭(IFFR)において、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)親善大使であるケイト・ブランシェット氏が発表し、マスターマインド、ユニクロ、ドローム・エン・ダード、タマーファミリー財団、アマホロ連合が創設パートナーとして名を連ねています。ヒューバート・バルス基金を運営パートナー、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)を戦略パートナーとし、短編映画への助成制度を開始。さらに、第55回ロッテルダム国際映画祭において、新たな主要パートナーとしてアールティ・ロヒア氏およびSPロヒア財団が加わることが発表されました。両者はパイロットイヤーの成功を受け、同基金への支援を約束しています。
詳しくはこちらから
2026年1月30日、かつて北米へ向かう移民たちの出発港として機能してきたオランダ・ロッテルダムで開催された、ロッテルダム国際映画祭(IFFR)で「難民映画基金(Displacement Film Fund /DFF)」が支援する短編5作品が世界初上映されました。本基金はディスプレイスメント(避難・強制移動)を余儀なくされた、または避難に関する物語に関わる映画製作者に光を当て、世界的に深刻化する危機に迅速に応えること、そしてこうした物語を一般の観客へ届けることを目的に昨年設立され、今回が初の成果発表となりました。ユニクロは「難民映画基金」に対し、創設パートナーとして10万ユーロの寄付を行いました。
プレミアの数時間前、移民をテーマに掲げる美術館Fenixにて記者会見が行われました。登壇したのは、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)親善大使のケイト・ブランシェット氏、IFFRマネージングディレクターのクレア・スチュワート氏、ヒューバート・バルス基金(HBF)ディレクターのタマラ・タティシュヴィリ氏、そして支援を受けた5名の映画制作者、モハマド・ラスロフ氏、マリナ・エル・ゴルバチ氏、モ・ハラウェ氏、ハサン・カッタン氏、シャフルバヌ・サダト氏です。
ロッテルダムは、19世紀後半から20世紀初頭にかけて、ヨーロッパから北米へ渡る移民の主要な出発港となり、第二次世界大戦後も多くの移民を受け入れ、人口の半数以上が移民ルーツを持つ都市として知られています。そこで、難民映画基金の会見が開かれたことについて、ブランシェット氏は「これらの映画をプレミア上映する場所として、これ以上の場所はないと思います。ここロッテルダムでは、いろいろなものが交わり、重なり合っているように感じます」と指摘。「“情熱的なプロジェクト”なんて言い方では、とても足りません」と、2023年末のグローバル難民フォーラムで始まった基金への強い思いを振り返り、設立からたった1年で5作品の上映まで実現したことへの感謝と、すでに取り組みが第二サイクルへ進んでいることを発表しました。
「女性の経験が単一ではないのと同じように、ディスプレイスメントの経験も単一ではありません。それぞれの映画は共通するテーマはありますが、驚くほど多様です。それぞれが、個性的で、作り手の内側から生まれたもの。しかし並べて観ることで、多様な視点が浮かび上がります。なぜなら現代の世界は真実から大きく引離れていると思うから。もちろん、真実は複数の視点の集合体です。今夜集まる作品は、まさにそうした視点に応えています」
IFFRのスチュワート氏は、基金の迅速性が、映画制作者たちが短期間で制作に集中できるプロセスを促したことを言及。最後に、HBFのタマラ氏は、本基金が実現にいたった核を「連帯」という言葉で表現しました。
5人の映画制作者が描く、それぞれのディスプレイスメント
上映に先立ち、オープニングセレモニーでは、アマンダ・ゴーマン氏が自身の詩「What we carry」を朗読しました。「私たちは明日へと歩みを進める、世界だけを背負って」という締めくくりを引き継ぐように、最初に上映された作品は、ウクライナ出身のエル・ゴルバチ氏の短編『Rotation』。戦争下で兵役に就くことになった若い女性の心の動きを追う物語です。会見で彼女は、撮影のため帰国し、多くの制約により、撮影条件を変更せざるを得なかった経験が物語を変化させたことを振り返ります。
「ウクライナで経験している、日常の喪失を語りたいと思いました。日常が少しずつ奪われ、ずらされていく。それは、特別なことではなく、どの国でも起きうること。撮影のためにウクライナに戻ると、戦争が、制作の条件も変えてしまうという現実と直面しました。従来の方法で安全を保証できず、可能な条件を探し、適応する必要があったのです。そこから、自ら選んだのではなく、平穏な生活を離れて兵役に就かざるを得なかった人々への物語を追いかけ始めました」
『Rotation』
イランでアフガニスタン人として生まれたサダト氏による『Super Afghan Gym』は、閉ざされたカブールのジムに集う主婦たちの姿を描く社会派コメディ。女性たちに許されたわずかな時間だけ、解放されるジムで繰り広げられる物語は、自身の体験に基づき、厳しい社会状況や制約のなかで、軽やかに、自分らしく生きようとする女性たちを物語は照らします。
「イランでも、アフガニスタンでも、ドイツに移住した後でさえ、私はどこにも属していないと感じていました。独学で映画を作ることが、自分の声や自分自身を見つけるための手がかりとなり、一種のセラピーでした。 やがて気づいたんです。イラン人、アフリカ系、外国人、他者、ディスプレイスされた人といったアイデンティティは、外側から貼られたラベルにすぎない。内側の私は同じ人間なのだと」
『Super Afghan Gym』
シリア出身のカッタン氏による『Allies in Exile』は、14年にわたって続くシリア紛争と向き合ってきた友人ファディ・アル・アラビ氏とともに亡命申請という官僚的な迷宮に入り込む日々を捉えたドキュメンタリー。
「一瞬一瞬、一コマ一コマが記憶であり、故郷から受け継いだものです。シリア、トルコ、ロンドンに至るまでの旅の途中でも、苦しいときほどそこに逃げ込んでいました。家を失うと、人はどうにかして別の形で家を取り戻そうとする。自分にとってこの映画を作ることが癒しのプロセスでした」
『Allies in Exile』
ソマリア出身のハラウェ氏の『Whispers of a Burning Scent』は、ディスプレイスメントの感覚を体験させる作品。モガディシュの結婚式で演奏するキーボード奏者が、認知症の75歳女性と結婚し財産を売却した疑いで法廷に立たされることになります。
「ディスプレイスメントを扱う映画だからといって、必ずしもそれを直接テーマにしなければならないわけではありません。大切なのは、その経験と感情を生き抜いた者としてどう物語るかということです。ディスプレイスメントにはさまざまな状態や段階がありますから。今回、最も意味があったのは、映画制作のインフラが整っていないソマリアのチームとともに制作できた経験そのものです」
『Whispers of a Burning Scent』
人間らしさを守り続けるために
上映を終えると、満員のオウデ・ルクソール劇場は温かいスタンディングオベーションで包まれ、映画と目の前にある現実との間につながりを感じさせる高揚感に満ちていました。質疑応答では、舞台上にブランシェット氏とスチュワート氏も加わり、互いの作品を初めて知る監督たちが目に見える連帯感を持って語り合いました。
「私はこれまでずっと希望に満ちていました。痛みを芸術に昇華させる、クリエイティブな出口を見つけるように助言してきました。でも今は、深い不条理と虚しさを感じています」
落ち着いた口調で語られたこの発言に、会場は一瞬、引き締まりました。イラン出身のラスロフ氏が、イラン政府による抗議運動への暴力的な弾圧に対し、遺憾の意を示しました。
フィナーレを飾ったのは、ラスロフ氏による、言語と感覚の隔たりを探る短編『Sense of Water』。彼は、『聖なるイチジクの種』の撮影を秘密裏に終えた後、1年半前にイランを脱出。山を越えて陸路で不法に国境を越え、最終的にドイツに定住しました。「イランを離れ、ヨーロッパに渡ることは、未知の領域でした。よく知らない文化のなかで、亡命者としての映画制作はどんなものか。過去と今生きている現在をどうつなげ、世界中の観客にとって意味のある物語を語れるのか」という問いを追いかけたというラスロフ氏。「芸術家が故郷を離れると意味のある作品を作れない、とよく言われます。その神話を壊したかったんです」と加え、この映画を作ることで、母国の外で創作することへの恐怖から解き放たれたと言います。
『Sense of Water』
最後に、DFFの立ち上げに尽力したブランシェット氏は、「わたしたちは人間性から切り離される危うさのなかにいる」のだと警鐘を鳴らし、「映画はわたしたちを再びつなぐ」と、確信を込めて語りました。笑いと涙、張り詰めた緊張とあたたかさが交錯するプレミアは、鳴りやまない拍手に包まれて幕を閉じました。作品そのものだけでなく、困難な状況のなかで映画を作り続ける人々への賛辞であり、それぞれの作品がさらに遠くへ、世界へと届いていく未来を後押しする夜でした。
ユニクロは「難民映画基金」の第二弾の実施に向け、本年も10万ユーロの寄付をすることを決定いたしました。今後も映画のチカラで難民の声を世界に届けるため「難民映画基金」の支援を継続して参ります。
「難民映画基金(Displacement Film Fund /DFF)」とは
「難民映画基金」は、避難を余儀なくされた映画制作者、または避難民としての経験を描いた実績のある映画制作者の活動を支援・助成するために設立されました。2025年の第54回ロッテルダム国際映画祭(IFFR)において、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)親善大使であるケイト・ブランシェット氏が発表し、マスターマインド、ユニクロ、ドローム・エン・ダード、タマーファミリー財団、アマホロ連合が創設パートナーとして名を連ねています。ヒューバート・バルス基金を運営パートナー、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)を戦略パートナーとし、短編映画への助成制度を開始。さらに、第55回ロッテルダム国際映画祭において、新たな主要パートナーとしてアールティ・ロヒア氏およびSPロヒア財団が加わることが発表されました。両者はパイロットイヤーの成功を受け、同基金への支援を約束しています。
詳しくはこちらから
移民の出発港オランダから、難民支援基金の歴史が始まる
2026年1月30日、かつて北米へ向かう移民たちの出発港として機能してきたオランダ・ロッテルダムで開催された、ロッテルダム国際映画祭(IFFR)で「難民映画基金(Displacement Film Fund /DFF)」が支援する短編5作品が世界初上映されました。本基金はディスプレイスメント(避難・強制移動)を余儀なくされた、または避難に関する物語に関わる映画製作者に光を当て、世界的に深刻化する危機に迅速に応えること、そしてこうした物語を一般の観客へ届けることを目的に昨年設立され、今回が初の成果発表となりました。ユニクロは「難民映画基金」に対し、創設パートナーとして10万ユーロの寄付を行いました。
プレミアの数時間前、移民をテーマに掲げる美術館Fenixにて記者会見が行われました。登壇したのは、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)親善大使のケイト・ブランシェット氏、IFFRマネージングディレクターのクレア・スチュワート氏、ヒューバート・バルス基金(HBF)ディレクターのタマラ・タティシュヴィリ氏、そして支援を受けた5名の映画制作者、モハマド・ラスロフ氏、マリナ・エル・ゴルバチ氏、モ・ハラウェ氏、ハサン・カッタン氏、シャフルバヌ・サダト氏です。
ロッテルダムは、19世紀後半から20世紀初頭にかけて、ヨーロッパから北米へ渡る移民の主要な出発港となり、第二次世界大戦後も多くの移民を受け入れ、人口の半数以上が移民ルーツを持つ都市として知られています。そこで、難民映画基金の会見が開かれたことについて、ブランシェット氏は「これらの映画をプレミア上映する場所として、これ以上の場所はないと思います。ここロッテルダムでは、いろいろなものが交わり、重なり合っているように感じます」と指摘。「“情熱的なプロジェクト”なんて言い方では、とても足りません」と、2023年末のグローバル難民フォーラムで始まった基金への強い思いを振り返り、設立からたった1年で5作品の上映まで実現したことへの感謝と、すでに取り組みが第二サイクルへ進んでいることを発表しました。
「女性の経験が単一ではないのと同じように、ディスプレイスメントの経験も単一ではありません。それぞれの映画は共通するテーマはありますが、驚くほど多様です。それぞれが、個性的で、作り手の内側から生まれたもの。しかし並べて観ることで、多様な視点が浮かび上がります。なぜなら現代の世界は真実から大きく引離れていると思うから。もちろん、真実は複数の視点の集合体です。今夜集まる作品は、まさにそうした視点に応えています」
IFFRのスチュワート氏は、基金の迅速性が、映画制作者たちが短期間で制作に集中できるプロセスを促したことを言及。最後に、HBFのタマラ氏は、本基金が実現にいたった核を「連帯」という言葉で表現しました。
5人の映画制作者が描く、それぞれのディスプレイスメント
上映に先立ち、オープニングセレモニーでは、アマンダ・ゴーマン氏が自身の詩「What we carry」を朗読しました。「私たちは明日へと歩みを進める、世界だけを背負って」という締めくくりを引き継ぐように、最初に上映された作品は、ウクライナ出身のエル・ゴルバチ氏の短編『Rotation』。戦争下で兵役に就くことになった若い女性の心の動きを追う物語です。会見で彼女は、撮影のため帰国し、多くの制約により、撮影条件を変更せざるを得なかった経験が物語を変化させたことを振り返ります。
「ウクライナで経験している、日常の喪失を語りたいと思いました。日常が少しずつ奪われ、ずらされていく。それは、特別なことではなく、どの国でも起きうること。撮影のためにウクライナに戻ると、戦争が、制作の条件も変えてしまうという現実と直面しました。従来の方法で安全を保証できず、可能な条件を探し、適応する必要があったのです。そこから、自ら選んだのではなく、平穏な生活を離れて兵役に就かざるを得なかった人々への物語を追いかけ始めました」
『Rotation』
イランでアフガニスタン人として生まれたサダト氏による『Super Afghan Gym』は、閉ざされたカブールのジムに集う主婦たちの姿を描く社会派コメディ。女性たちに許されたわずかな時間だけ、解放されるジムで繰り広げられる物語は、自身の体験に基づき、厳しい社会状況や制約のなかで、軽やかに、自分らしく生きようとする女性たちを物語は照らします。
「イランでも、アフガニスタンでも、ドイツに移住した後でさえ、私はどこにも属していないと感じていました。独学で映画を作ることが、自分の声や自分自身を見つけるための手がかりとなり、一種のセラピーでした。 やがて気づいたんです。イラン人、アフリカ系、外国人、他者、ディスプレイスされた人といったアイデンティティは、外側から貼られたラベルにすぎない。内側の私は同じ人間なのだと」
『Super Afghan Gym』
シリア出身のカッタン氏による『Allies in Exile』は、14年にわたって続くシリア紛争と向き合ってきた友人ファディ・アル・アラビ氏とともに亡命申請という官僚的な迷宮に入り込む日々を捉えたドキュメンタリー。
「一瞬一瞬、一コマ一コマが記憶であり、故郷から受け継いだものです。シリア、トルコ、ロンドンに至るまでの旅の途中でも、苦しいときほどそこに逃げ込んでいました。家を失うと、人はどうにかして別の形で家を取り戻そうとする。自分にとってこの映画を作ることが癒しのプロセスでした」
『Allies in Exile』
ソマリア出身のハラウェ氏の『Whispers of a Burning Scent』は、ディスプレイスメントの感覚を体験させる作品。モガディシュの結婚式で演奏するキーボード奏者が、認知症の75歳女性と結婚し財産を売却した疑いで法廷に立たされることになります。
「ディスプレイスメントを扱う映画だからといって、必ずしもそれを直接テーマにしなければならないわけではありません。大切なのは、その経験と感情を生き抜いた者としてどう物語るかということです。ディスプレイスメントにはさまざまな状態や段階がありますから。今回、最も意味があったのは、映画制作のインフラが整っていないソマリアのチームとともに制作できた経験そのものです」
『Whispers of a Burning Scent』
人間らしさを守り続けるために
上映を終えると、満員のオウデ・ルクソール劇場は温かいスタンディングオベーションで包まれ、映画と目の前にある現実との間につながりを感じさせる高揚感に満ちていました。質疑応答では、舞台上にブランシェット氏とスチュワート氏も加わり、互いの作品を初めて知る監督たちが目に見える連帯感を持って語り合いました。
「私はこれまでずっと希望に満ちていました。痛みを芸術に昇華させる、クリエイティブな出口を見つけるように助言してきました。でも今は、深い不条理と虚しさを感じています」
落ち着いた口調で語られたこの発言に、会場は一瞬、引き締まりました。イラン出身のラスロフ氏が、イラン政府による抗議運動への暴力的な弾圧に対し、遺憾の意を示しました。
フィナーレを飾ったのは、ラスロフ氏による、言語と感覚の隔たりを探る短編『Sense of Water』。彼は、『聖なるイチジクの種』の撮影を秘密裏に終えた後、1年半前にイランを脱出。山を越えて陸路で不法に国境を越え、最終的にドイツに定住しました。「イランを離れ、ヨーロッパに渡ることは、未知の領域でした。よく知らない文化のなかで、亡命者としての映画制作はどんなものか。過去と今生きている現在をどうつなげ、世界中の観客にとって意味のある物語を語れるのか」という問いを追いかけたというラスロフ氏。「芸術家が故郷を離れると意味のある作品を作れない、とよく言われます。その神話を壊したかったんです」と加え、この映画を作ることで、母国の外で創作することへの恐怖から解き放たれたと言います。
『Sense of Water』
最後に、DFFの立ち上げに尽力したブランシェット氏は、「わたしたちは人間性から切り離される危うさのなかにいる」のだと警鐘を鳴らし、「映画はわたしたちを再びつなぐ」と、確信を込めて語りました。笑いと涙、張り詰めた緊張とあたたかさが交錯するプレミアは、鳴りやまない拍手に包まれて幕を閉じました。作品そのものだけでなく、困難な状況のなかで映画を作り続ける人々への賛辞であり、それぞれの作品がさらに遠くへ、世界へと届いていく未来を後押しする夜でした。
ユニクロは「難民映画基金」の第二弾の実施に向け、本年も10万ユーロの寄付をすることを決定いたしました。今後も映画のチカラで難民の声を世界に届けるため「難民映画基金」の支援を継続して参ります。
「難民映画基金(Displacement Film Fund /DFF)」とは
「難民映画基金」は、避難を余儀なくされた映画制作者、または避難民としての経験を描いた実績のある映画制作者の活動を支援・助成するために設立されました。2025年の第54回ロッテルダム国際映画祭(IFFR)において、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)親善大使であるケイト・ブランシェット氏が発表し、マスターマインド、ユニクロ、ドローム・エン・ダード、タマーファミリー財団、アマホロ連合が創設パートナーとして名を連ねています。ヒューバート・バルス基金を運営パートナー、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)を戦略パートナーとし、短編映画への助成制度を開始。さらに、第55回ロッテルダム国際映画祭において、新たな主要パートナーとしてアールティ・ロヒア氏およびSPロヒア財団が加わることが発表されました。両者はパイロットイヤーの成功を受け、同基金への支援を約束しています。
詳しくはこちらから
2026年1月30日、かつて北米へ向かう移民たちの出発港として機能してきたオランダ・ロッテルダムで開催された、ロッテルダム国際映画祭(IFFR)で「難民映画基金(Displacement Film Fund /DFF)」が支援する短編5作品が世界初上映されました。本基金はディスプレイスメント(避難・強制移動)を余儀なくされた、または避難に関する物語に関わる映画製作者に光を当て、世界的に深刻化する危機に迅速に応えること、そしてこうした物語を一般の観客へ届けることを目的に昨年設立され、今回が初の成果発表となりました。ユニクロは「難民映画基金」に対し、創設パートナーとして10万ユーロの寄付を行いました。
プレミアの数時間前、移民をテーマに掲げる美術館Fenixにて記者会見が行われました。登壇したのは、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)親善大使のケイト・ブランシェット氏、IFFRマネージングディレクターのクレア・スチュワート氏、ヒューバート・バルス基金(HBF)ディレクターのタマラ・タティシュヴィリ氏、そして支援を受けた5名の映画制作者、モハマド・ラスロフ氏、マリナ・エル・ゴルバチ氏、モ・ハラウェ氏、ハサン・カッタン氏、シャフルバヌ・サダト氏です。
ロッテルダムは、19世紀後半から20世紀初頭にかけて、ヨーロッパから北米へ渡る移民の主要な出発港となり、第二次世界大戦後も多くの移民を受け入れ、人口の半数以上が移民ルーツを持つ都市として知られています。そこで、難民映画基金の会見が開かれたことについて、ブランシェット氏は「これらの映画をプレミア上映する場所として、これ以上の場所はないと思います。ここロッテルダムでは、いろいろなものが交わり、重なり合っているように感じます」と指摘。「“情熱的なプロジェクト”なんて言い方では、とても足りません」と、2023年末のグローバル難民フォーラムで始まった基金への強い思いを振り返り、設立からたった1年で5作品の上映まで実現したことへの感謝と、すでに取り組みが第二サイクルへ進んでいることを発表しました。
「女性の経験が単一ではないのと同じように、ディスプレイスメントの経験も単一ではありません。それぞれの映画は共通するテーマはありますが、驚くほど多様です。それぞれが、個性的で、作り手の内側から生まれたもの。しかし並べて観ることで、多様な視点が浮かび上がります。なぜなら現代の世界は真実から大きく引離れていると思うから。もちろん、真実は複数の視点の集合体です。今夜集まる作品は、まさにそうした視点に応えています」
IFFRのスチュワート氏は、基金の迅速性が、映画制作者たちが短期間で制作に集中できるプロセスを促したことを言及。最後に、HBFのタマラ氏は、本基金が実現にいたった核を「連帯」という言葉で表現しました。
5人の映画制作者が描く、それぞれのディスプレイスメント
上映に先立ち、オープニングセレモニーでは、アマンダ・ゴーマン氏が自身の詩「What we carry」を朗読しました。「私たちは明日へと歩みを進める、世界だけを背負って」という締めくくりを引き継ぐように、最初に上映された作品は、ウクライナ出身のエル・ゴルバチ氏の短編『Rotation』。戦争下で兵役に就くことになった若い女性の心の動きを追う物語です。会見で彼女は、撮影のため帰国し、多くの制約により、撮影条件を変更せざるを得なかった経験が物語を変化させたことを振り返ります。
「ウクライナで経験している、日常の喪失を語りたいと思いました。日常が少しずつ奪われ、ずらされていく。それは、特別なことではなく、どの国でも起きうること。撮影のためにウクライナに戻ると、戦争が、制作の条件も変えてしまうという現実と直面しました。従来の方法で安全を保証できず、可能な条件を探し、適応する必要があったのです。そこから、自ら選んだのではなく、平穏な生活を離れて兵役に就かざるを得なかった人々への物語を追いかけ始めました」
『Rotation』
イランでアフガニスタン人として生まれたサダト氏による『Super Afghan Gym』は、閉ざされたカブールのジムに集う主婦たちの姿を描く社会派コメディ。女性たちに許されたわずかな時間だけ、解放されるジムで繰り広げられる物語は、自身の体験に基づき、厳しい社会状況や制約のなかで、軽やかに、自分らしく生きようとする女性たちを物語は照らします。
「イランでも、アフガニスタンでも、ドイツに移住した後でさえ、私はどこにも属していないと感じていました。独学で映画を作ることが、自分の声や自分自身を見つけるための手がかりとなり、一種のセラピーでした。 やがて気づいたんです。イラン人、アフリカ系、外国人、他者、ディスプレイスされた人といったアイデンティティは、外側から貼られたラベルにすぎない。内側の私は同じ人間なのだと」
『Super Afghan Gym』
シリア出身のカッタン氏による『Allies in Exile』は、14年にわたって続くシリア紛争と向き合ってきた友人ファディ・アル・アラビ氏とともに亡命申請という官僚的な迷宮に入り込む日々を捉えたドキュメンタリー。
「一瞬一瞬、一コマ一コマが記憶であり、故郷から受け継いだものです。シリア、トルコ、ロンドンに至るまでの旅の途中でも、苦しいときほどそこに逃げ込んでいました。家を失うと、人はどうにかして別の形で家を取り戻そうとする。自分にとってこの映画を作ることが癒しのプロセスでした」
『Allies in Exile』
ソマリア出身のハラウェ氏の『Whispers of a Burning Scent』は、ディスプレイスメントの感覚を体験させる作品。モガディシュの結婚式で演奏するキーボード奏者が、認知症の75歳女性と結婚し財産を売却した疑いで法廷に立たされることになります。
「ディスプレイスメントを扱う映画だからといって、必ずしもそれを直接テーマにしなければならないわけではありません。大切なのは、その経験と感情を生き抜いた者としてどう物語るかということです。ディスプレイスメントにはさまざまな状態や段階がありますから。今回、最も意味があったのは、映画制作のインフラが整っていないソマリアのチームとともに制作できた経験そのものです」
『Whispers of a Burning Scent』
人間らしさを守り続けるために
上映を終えると、満員のオウデ・ルクソール劇場は温かいスタンディングオベーションで包まれ、映画と目の前にある現実との間につながりを感じさせる高揚感に満ちていました。質疑応答では、舞台上にブランシェット氏とスチュワート氏も加わり、互いの作品を初めて知る監督たちが目に見える連帯感を持って語り合いました。
「私はこれまでずっと希望に満ちていました。痛みを芸術に昇華させる、クリエイティブな出口を見つけるように助言してきました。でも今は、深い不条理と虚しさを感じています」
落ち着いた口調で語られたこの発言に、会場は一瞬、引き締まりました。イラン出身のラスロフ氏が、イラン政府による抗議運動への暴力的な弾圧に対し、遺憾の意を示しました。
フィナーレを飾ったのは、ラスロフ氏による、言語と感覚の隔たりを探る短編『Sense of Water』。彼は、『聖なるイチジクの種』の撮影を秘密裏に終えた後、1年半前にイランを脱出。山を越えて陸路で不法に国境を越え、最終的にドイツに定住しました。「イランを離れ、ヨーロッパに渡ることは、未知の領域でした。よく知らない文化のなかで、亡命者としての映画制作はどんなものか。過去と今生きている現在をどうつなげ、世界中の観客にとって意味のある物語を語れるのか」という問いを追いかけたというラスロフ氏。「芸術家が故郷を離れると意味のある作品を作れない、とよく言われます。その神話を壊したかったんです」と加え、この映画を作ることで、母国の外で創作することへの恐怖から解き放たれたと言います。
『Sense of Water』
最後に、DFFの立ち上げに尽力したブランシェット氏は、「わたしたちは人間性から切り離される危うさのなかにいる」のだと警鐘を鳴らし、「映画はわたしたちを再びつなぐ」と、確信を込めて語りました。笑いと涙、張り詰めた緊張とあたたかさが交錯するプレミアは、鳴りやまない拍手に包まれて幕を閉じました。作品そのものだけでなく、困難な状況のなかで映画を作り続ける人々への賛辞であり、それぞれの作品がさらに遠くへ、世界へと届いていく未来を後押しする夜でした。
ユニクロは「難民映画基金」の第二弾の実施に向け、本年も10万ユーロの寄付をすることを決定いたしました。今後も映画のチカラで難民の声を世界に届けるため「難民映画基金」の支援を継続して参ります。
「難民映画基金(Displacement Film Fund /DFF)」とは
「難民映画基金」は、避難を余儀なくされた映画制作者、または避難民としての経験を描いた実績のある映画制作者の活動を支援・助成するために設立されました。2025年の第54回ロッテルダム国際映画祭(IFFR)において、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)親善大使であるケイト・ブランシェット氏が発表し、マスターマインド、ユニクロ、ドローム・エン・ダード、タマーファミリー財団、アマホロ連合が創設パートナーとして名を連ねています。ヒューバート・バルス基金を運営パートナー、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)を戦略パートナーとし、短編映画への助成制度を開始。さらに、第55回ロッテルダム国際映画祭において、新たな主要パートナーとしてアールティ・ロヒア氏およびSPロヒア財団が加わることが発表されました。両者はパイロットイヤーの成功を受け、同基金への支援を約束しています。
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