2005年10月04日
BACKSTAGE REPORT ユニクロ銀座店の舞台裏(1) ~「考える人」2005年秋号~
~「考える人」2005年秋号(新潮社)より転載~
待ち合わせしたくなるワクワク感のある店へ。
ユニクロの旗艦店 2005年10月7日オープン
銀座は「ハレ」と「ケ」でいえば、当然「ハレ」の場所だと思う。日常性から少し離陸して浮遊するような、心に弾みのつく場所。平日よりも週末、普段着よりも「よそ行き」のイメージ。
「古いもの」「伝統」がしっかりと保存され、大切にされている場所でもある。しかし同時に、銀座には「新しいもの」も流れ込む。「新しいもの」が銀座に登場するときは、何かの勝負がかかったような、意を決した表情をしている。こんな店は銀座にふさわしくない、と非難がましい目で見られないともかぎらない。銀座はそれなりに敷居が高い。
この十月、銀座に新しいユニクロが登場する。銀座四丁目交差点から徒歩で約二十秒。九階建ての老舗ビル、銀座ワシントン靴店本店が新装され、その一階から五階、売り場面積にして約四五〇坪がユニクロとして生まれ変わるのだ。
銀座に、ユニクロ─。これまでのユニクロと何がどのように違うのだろう。ユニクロの商品をどのように作り、どのように売っていくかを方向付け、決定していくのはMD(マーチャンダイザー)の役割である。ユニクロのMDであり、執行役員でもある中島徹郎氏にまずは話を聞いた。
友だちとの待ち合わせにはちょっと使えない……?
「ユニクロのイメージは、最初に思い浮かべるのはやっぱり価格です。価格の割には品質が高い、というイメージですね。それじゃあ着てくださる場面ではどうか。お出かけするとか、友だちとレストランで食事をする、なんていうときにユニクロの服を着ていただけているかというと、どうもそうではない。どちらかといえばインナー的な側面で買っていただいているのが実態のようなんですね。
もちろん普段着として着てくださっていることは大変ありがたいことで、それこそが私たちの目指しているカジュアルやベーシックの本質です。ただ、お客様からこういうお話をうかがったことがあるんです。『GAPの店なら友だちと待ち合わせすることができるけど、ユニクロの店では待ち合わせたくない』(笑)。
ユニクロは各種サイズ、デザイン、色のバリエーションをできるだけすべて店内でお見せし、手に取っていただき、買っていただく、というヘルプ・ユアセルフ方式でやってきました。このシステムを最大限に生かせる機能を備えた店をつくってきたんですね。店の機能はお客さまにご好評をいただいてきたひとつの大きな理由でもあります。このシステムはユニクロの特徴ですし、この原則を大きく変えて行くつもりはありません。
ただ、楽しく、そして気持ち良く買い物をしていただいたり、あるいは買うかどうかは別にしても、お店そのものが魅力的だから何度も出かけたくなる、そういうワクワク感がユニクロの店にあったかと言えば、そこは欠如していた部分です。友だちとの待ち合わせには使えないという意見は、痛いところをつかれたな、と感じました。
私たちは自分たちの商品の品質には自信があります。この一、二年で高品質というテーマをさらに深化させました。カシミヤばかりではなく、ヨーロッパリネンなども大変ご好評をいただきましたし、『世界品質』を合言葉に、新しい商品をお届けするたびに、品質のグレードはどんどん上げてきました。これからもさらにその部分を磨き上げていきたい。
しばらく前に『低価格をやめます』というコピーの新聞広告を打ったのは、私たちの商品は『まず低価格ありき』ではないんだとご理解いただきたかったからです。高品質の商品を今までには考えられない価格でお届けする--『まず高品質ありき』で、次にはそれを低価格でお届けするために知恵を働かせる。あくまでもこの順番なんですと、あらためてお知らせしたかったのです」
銀座のお店にきたという高揚感 銀座店に並ぶ特別商品も開発
「でもそれは私たちの側の理屈であって、実際にお店にいらしてくださったお客様にどう受け取られるかは別問題です。ファッションの世界では理屈ぬきのワクワク感がとても大事なんですね。たとえば、こういうことがあります。
最近はデパートで四万円も五万円もする値段のついたプレミアム・ジーンズが売られています。デザインにしても品質にしてももちろん価値のある商品だと思いますが、でもやっぱり、これだけ高いものを買ったんだという満足感、その気持ちをジーンズと一緒に買っていかれるのではないか、と思うのです。その満足感が『コレはいて出かけよう』という気持ちの高揚に結びつく。
じゃあ私たちの場合はどうか。『こんなに品質のいいものをこんな値段で買えるなんて』という驚きと喜びですね。つまり『気持ちの創出』という点では、四万円のプレミアム・ジーンズを買う喜びと、根っこのところは同じ。すごく繋がっている話だと思うんです。
だから、銀座店はちょっと値段を高く設定した商品を売ってみようなんていうことはまったく考えていません。商品を買ってくださったときに感じていただける満足感は、これまでどおりユニクロならではのものにしたい。ただ、銀座のお店にきた高揚感があって、お店にいるだけでも楽しい、ユニクロで待ち合わせをしたくなる、そういうお店にしたい。この部分は商品力に磨きをかけながら、それに負けない『がっぷり四つに組む』気合いで、真剣に取り組ませていただきました。
建築とインテリアは今注目を浴びているクライン・ダイサム・アーキテクツにお願いしています。ヘルプ・ユアセルフの精神はそのままに、『え? ここユニクロなの?』という高揚感を覚えていただけるような、まったく新しい店になったと自負しています。
一階の売場ではユニクロに欠けていると思われているトレンド性が、実はこんなにあるんだ、と一望に見渡せるようになっていますし、お客様のご要望が以前から非常に多かったアクセサリーも、特別な売場を作って五百種類以上をご用意しています。デニムのパンツも『このなかでお探しのものが必ず見つかるはず』『これ以上に欲しいものが何かありますか?』と言えるぐらい、トレンドもシルエットについても、あらゆるバリエーションを三十品番以上もあるコレクションでお見せしています。
実は試験的に銀座店に並べる特別商品もご用意しました。銀座で売れるようなら他店にも広げていこうというものです。こちらにもぜひ御注目いただきたい。
お店が変わっても、売っているものは全然変わらないじゃないか、とガッカリされることはないと思っています。いろんな意味で『かわり映え』のする店になったはずです。『ユニクロが銀座に? どうして?』と思われた方にこそ『なるほどね』と思っていただける店。買い物をするつもりがなくても、銀座での待ち合わせの場所としてもぜひ活用していただきたい(笑)。そう思っています」
無闇に変えればいいのではない 根っこの部分の確認が必要
それでは、まったく新しいという銀座の店舗デザインは、どのようにして計画されたのだろう? 担当した店舗開発部の南野淳二氏はユニクロ入社前から店舗デザイン一筋でやってきた人である。大学は建築学科で学んだ。アパレルの店舗デザインの経験は二十年余り。しかしユニクロに入社したのは今年の一月である。ユニクロの店舗は全国どこへ行っても基本的な考え方や見せ方は共通している。それを銀座店で大きく変えるというのは、言うほどには容易ではないはずだ。南野氏の話。
「社歴が浅い分、変えることに対しての抵抗は僕にはありません。しかしユニクロにはこれまでの成功体験、ノウハウがびっしりと蓄積されています。どれだけ本気で変えられるのか、そこが実はいちばん心配でした。
無闇に変えればいいというのではない。ユニクロってそもそも何なのか。変えるときにこそ、根っこの部分の確認が絶対に必要です。まずその議論を社内で徹底して行うことから始めました。方向性の確認を最初にやっておかなければ、新しい開発は必ず途中でブレますから。
そこであらためて確認したのは、やはり『高品質、低価格』なんです。広告はそのように打ち出している。新聞や雑誌の記事もそのポイントに焦点があてられている。それじゃあお店はどうなのか。正直言って『高品質』という感じは受けないんです。広告を見て高品質ならというのでせっかくワクワクしてお店に出かけて行っても、エレクター(棚)に商品が積み上げられているのは昔と同じ。機能優先。買っていただいて、着ていただいてから初めて満足していただければそれでいいのか。『高品質』を訴えたいのであれば、何かが不足している。売り場をもう少し楽しくしないといけない。商品を丁寧に大切に扱っている、というのがお客様に目で見て伝わるようなお店にしなければいけない。
昔は自分で店舗デザインをやっていましたが、途中からは外部の有能な建築家やデザイナーに依頼するプロデューサー的な役割に転換しました。アパレルの店舗デザインばかりやっていると、どこかマンネリになってくるし、画一的なものになってくる。ところが建築家やデザイナーは世界のいろんな場所、建物を見て来ていますし、アパレルにとらわれない幅広い視点、発想で仕事をしてくれる。
もちろん人に依頼するというのは、すべてを自分でコントロールできるわけではないので難しい。
究極のところ、僕のような仕事に要求されるのはコミュニケーション能力なんです。こちらの希望、イメージをきちんと伝える。彼らの才能を最大限に引き出す。これには秘策はなくて、正直な話、誠心誠意やるしかない。途中でコミュニケーションを諦めない。ここはいい、ここは駄目、と明確に伝えてしかも良好な関係は維持する。これしかありません」
ユニクロもここまで変えられるんだ
「銀座店については指名コンペティションを行いました。選ばせていただいたのはフランスで三組、日本で三組です。フランス・サイドには著名な方も入っていたのですが、彼らはおおむね同じことを言うんですね。『ユニクロは考え方がはっきりしていて、店のデザインもその考え方に添っている。どこを変える必要があるのか』。私たちも原則の部分では同じ考えを持っています。ただ、さきほど申し上げたように『高品質』を『銀座で』どう見せてお客様に楽しんでいただけるかという感覚を、彼らには上手に伝え切れなかったのかもしれません。これは僕の反省点です。やはり日本にいらっしゃる方は、日常的にユニクロに接していただけていますし、日本のマーケットのなかで今どのようにユニクロがとらえられているのか、あるいはどのように理解されていないのか、そのあたりの皮膚感覚が共有できるんですね。僕たちの望んでいるものが伝わりやすい。
結果としては、イタリアとイギリスの出身で、現在は日本に拠点を置いて活躍されているクライン・ダイサム・アーキテクツのプランに決まりました。
彼らのプランの素晴らしさは、ユニクロの持つピュアなもの、クリーンなもの、そして銀座店に求められるフェミニンなものをきちんと形にしてくれたところです。そして『ユニクロもここまで変えられるんだ』という新鮮で楽しい驚きもたっぷりと見せてくれた。
銀座店は什器も新しくなっていますし、商品の見せ方も変えましたから、うまく店が回転するようになるまでは他店に較べて効率は落ちる可能性もある。店舗スタッフへの負荷、店舗運営のオペレーションへの大きな負荷が当初は避けられない。そのことは痛いほどわかっています。ただ、この負荷は生みの苦しみとして必要なものと僕は考えます。
ユニクロは郊外型の店舗、いわゆる『ロードサイド』の店舗という原型ができています。最初はそれで良かった。しかしこれだけ全国展開になってくると、その土地の特質、立地によるお客様の変化は必ず出て来る。これからは、場所により店舗により、店舗デザインに変化をつける必要があると考えています。
銀座店はユニクロの新しい顔であると同時に、今後のユニクロの店舗展開を占う、その最先端に位置している、というわけなんです」
(後編はこちらをご覧下さい。)
ユニクロ銀座店 黒瀬友和店長の話 その1
95年に入社して10年間に、7つの店舗で店長をやらせていただきました。銀座店店長として立候補したときは、池袋東口店の店長でした。店内は狭いのですが駅にも近く、路面店なので最高の立地です。店の2階の窓から外を見下ろしていると、横断歩道を渡ってくる人たちがそのままお店に入ってきたかと錯覚するほど、お客様の多い店でした。
私が店長になったときにはブームが沈静化した後でした。ただ、忙しい店であることは変わりません。ところが店長になりたての頃は、お店の雰囲気にブームの後遺症が残っていました。スタッフは忙しいから自分の担当の仕事以外に手を出さない。レジが忙しいと電話が鳴ってもとらない。殺到するお客様への対応のために作られた、ブーム時代の特別なオペレーションが固定化して残ってしまった。自分の頭で考えなくなっていたんです。
組織もオペレーションも、お客様や時代とともに変化すべきものです。状況を見て判断しなければいけない。
しかし、ミーティングや具体的な改革作業を重ねるなかで、結果として出る数字が上向きになってくると、彼らも自分から動くようになります。最初はトップダウンで改革を進めるにしても、理解を得られたらそこから先は彼らに仕事を預ける。自分たちの頭で考えて仕事を進めてもらう。このやり方が店長として考えるべき一番大切なことなんですね。自分たちでやったという意識を持たなければ、先には伸びていきません。
銀座店の話が社内でオープンになったとき、誰よりも早く手を挙げました。社内公募の前ですから完全なフライングです(笑)。ユニクロの高品質の商品をお客様にもっとわかっていただきたい。お客様が不満に思っていること、期待していることがあれば、それを解消し、実現しましょう--このことを最前線でやれるとしたら、銀座店が最高の機会、最高の舞台じゃないかと思ったんです。
銀座のマーケティング情報が会社であらかじめ用意されているわけではありません。「黒瀬君、それは自分でつくっていくものだよ」って(笑)。銀座の本を濫読して、自分の足で銀座を歩いて、何人もの方に話も聞いて、今ではすっかり「銀座オタク」になっちゃいました(笑)。
新しいイメージの店舗デザイン、充実した取扱商品、お買い物を益々楽しくする売場づくりなど、ユニクロの進化を肌で感じ、目で見て体験していただける「ユニクロ銀座店」がいよいよ10月7日にオープンいたします。また、ユニクロ初の女性インナー専門店BODY by UNIQLOが、モザイク銀座阪急2階にオープンいたしました。さらに、キッズ、ベビー専門店UNIQLO KIDSが10月14日、丸井錦糸町店、ショッパーズプラザ横須賀にそれぞれオープンいたします。これまでにない新しいユニクロが、続々と登場。「ユニクロがこんなに変わった」と、驚きとともに迎えていただけるよう、これからもユニクロは進化を続けて参ります。
「考える人」2005年秋号
(文/取材:新潮社編集部、撮影:菅野健児、広瀬達郎)
詳しくは、新潮社のホームページをご覧下さい。