もうひとつ、アシャがニューヨークから持ってきた宝ものがあった。生前、アシャのおかあさんが、アシャに送ったたくさんの手紙だ。
そこには、アシャが一人の女性として、また妻であり母として、これからの未来を生きていくために必要な人生哲学のような教えがたくさん書かれていた。
その中に、服作りをするアシャへのアドバイスとして、おしゃれについて書かれたものがあった。それをよくアシャは僕に読み聞かせてくれた。
「服を着るにあたって、誰しも体型の良し悪しはとっても大切。けれども、体型よりも大切なこと。それは内面から表れる自信のある美しさ。自分の欠点にとらわれずに、自分の個性と合った服、そして、自分の体型をよく知って選んだ服を着れば、痩せている人も太っている人も、どんなに美しい着こなしができるでしょう。アシャに伝えたいのは、服というのは、人が着ることではじめて美しくなること。そして、着る人が心から安心できる服ということは、その人にとって最上の服だと思うわ……」
おかあさんは若い頃、小さな仕立て屋で働いていたことがあり、仕事や客を通じて、服やおしゃれについて実地で学んだのだ。だからこそ、服作りを学び始めたアシャに、おかあさんはいろいろなことを伝えたかったのだろう。
「よい服というのは、それを着ている人に自信を与え、着ている人を素晴らしいと思わせる服のこと」。これがおかあさんからアシャに残した言葉だった。
アシャはもう一度、10人の少女が写った写真を見て、「彼女たちは、自信と希望に満ちて、みんなそれぞれ個性があって、ほんとうに素晴らしいわ。おかあさんが言っていることはほんとね」と言った。
「あと、おかあさんはこうも言っていたの……」と言って、アシャが僕に話してくれたとても大好きな話がある。
それは「ブラウス一枚で一年間過ごせることができる人がいたら、それは素晴らしいベストドレッサーである」という話だ。
高価なブランド服を着る人がベストドレッサーではなく、生活の工夫と知恵があり、服を着ることを楽しむ人なら、誰もがベストドレッサーになれるという、このおかあさんの言葉は、それこそ本当のおしゃれとは何かを言い得ている。

僕は、男のおしゃれについて、おかあさんがどんなふうに考えていたのか知りたいと思い、アシャに聞いた。
アシャは束になった手紙から一通の手紙を抜き出し、「ここに一言だけ書いてある。おしゃれというよりも男らしさのことだけど。どうやら、アメリカ合衆国初代大統領ジョージ・ワシントンが書き残したものらしいわ……」と言った。僕はそれを読んでもらった。
「男らしさとは、清潔の中の無造作である」
僕は深い感銘を受けた。この言葉は、これまで出会った多くの人たちが僕に与えてくれた、男としての教えを一言で言い表していた。
僕はアシャを引き寄せハグをして「ありがとう」と言った。
僕らの旅は、まだはじまったばかりだった。
(完)