アシャは静かに目を開けて、ゆっくりと起き上がって、あぐらをかいて座ってこう言った。
「まずは自分の頭で考える、ってことだと思う。さっきも言ったけれど、こんなふうにすっきりした空間を大事にしているのも、できるだけリラックスして、考える時間を大切にしているからなのよ。人は普通に暮らしていても、人生を悩んだり、未来に不安を抱いたり、今日の問題に向き合ったり、どう解決しようか、どう対処しようか、どっちにしようかと選ばなくてはならないことばかりじゃない? でもそういうことを、あたかも、どうでもいいとばかりに自分の頭で考えずに、世の中や便利なことに頼って、ま、いいかとしてしまうことって多いと思うの。自分自身の問題に無関心になるって一番よくないわ」
アシャはゆっくりと静かな言葉で話した。
「うん、確かにそうだね。困ったことや、できないことや、わからないことが起きたとき、知識や情報に頼って、たとえば普通こうだからとか、みんながこうしているとか、今までこうだったからという知識からの判断で、ひとつも自分の頭で考えてない場合が多いと思う。確かに知識も情報も必要だけど、まずはじっくりと自分で思考することは暮らしに大切なことだね」
「そう、あなたの言う通り、思考するのが大切。それなのに今の世の中って、思考する時間を作るのがむつかしいくらい忙しくなっているのが怖いわ。人に思考させないようにしてるのかしら」
「私ときどき思うんだけど、自分が何かにコントロールされているんじゃないかって怖くなるときがある。ここにはテレビも新聞もないけれど、外で仕事をしていると、否が応でもいろんな情報が耳や目に入ってくる。だからこうして、静かで、広くて、一人でいられるゆったりした部屋が、私には必要なの。日々の困ったこと、怖いこと、不安なことを自分の頭で考えるために……」
アシャは脱いだソックスをくるくるっと丸めて裸足になった。小麦色をしたアシャの肌に、白くて小さな貝殻のような足の爪がかわいく見えた。

「ねえ、ソックスって何色が好き? 私は自然をイメージしたアースカラーが好き。ブラウン系とか、グレー系とか、そういうの」
「僕はグレーが好き。どんな服にも合うからね。あとは白かな」
「あなたはいつも白を選ぶよね。すてきよ」
アシャは丸めたソックスを指で転がしながら言った。
「私ソックスを丸めると、いつもお母さんを思い出すの。お母さんはいつもこんなふうに洗濯したソックスをひとつひとつ几帳面に丸めていたなって。日本でもソックスって丸める?」
「僕のお母さんは、こうするんだ」
僕は丸まったアシャのソックスを一度広げて、ソックスのリブの部分だけを丸めて、左右のソックスをひとまとめにした。
「あ!それはお父さんのやり方と一緒!アハハ。あなたってほんとうに私のお父さんと似てるのね」
そう言ったアシャは僕の額にキスをして、「とっても楽しいわ」と言った。