はじめて旅したのはいつだろうか。そう思ったら、いつかの光景が目に浮かんできた。
僕は小学二年生だった。当時、飼っていたジョンという名の柴犬と一緒に、僕は知らない街に立っていた。夕暮れだった。
ある日曜日の午後。僕は暮らしていた街のはずれにあった、一人で渡ったことのない広い大通りの向こう側の街を冒険してみようと思い立った。
いつも車や大きなトラックが走っているこの道の向こうには何があるんだろう。もしかしたら、とっても楽しい公園や遊び場があったり、すてきなおもちゃ屋があったり、おもしろいものを売っているお店があるのかもしれない。それを見つけて、友だちに教えてあげよう。あとは、一人で遠くに行けることを、お父さんお母さんにほめてもらおうと思ったのだ。
とはいえ、一人では心細かった。僕は大好きだったジョンを連れていこうと思った。
大通りを渡るために信号待ちした時、ドキドキした。向こう側に行ったら帰ってこれるのだろうか。そう思ったら怖くもなった。信号が青になった時、「行こう、ジョン」と声をかけて、僕とジョンは勇気を振り絞って、大通りの横断歩道を駆け抜けた。
僕とジョンは知らない街をどんどん歩いた。帰る時の目印を見つけながら、まっすぐに歩いた。すると見たことのない商店街があり、たくさんの人で賑わっていた。僕とジョンは、人混みをかけわけるようにして歩いた。どこまでも歩くと商店街の端っこに着き、人混みは無くなっていた。
ジョンがハアハアと口を開けて喉が乾いたようだったので、文房具屋の前にいたおばさんに「すみません、水をくれませんか」と言うと、「ぼうや、水飲みたいの?」と言って、店の中からコップ一杯の水を持ってきてくれた。僕がそれをジョンに飲ませると「犬にコップを使っちゃダメよ」とおばさんが怒鳴った。僕は「すみません、ありがとうございました」と言ってコップを返し、店を後にした。
知らない街には、知らないことばかりで、僕とジョンはキョロキョロしながら歩いた。とても楽しかった。
一時間くらい歩いただろうか、僕はさすがに疲れて、「ジョン、帰ろうか」と声をかけた。そして来た道を戻った。まっすぐ歩いてきたから、まっすぐ戻れば帰れる。そう思った。
しかし、歩けど歩けど、目印にしていた場所を見つけることが出来なかった。日は暮れて夕方になっていた。僕とジョンは道に迷ったのだ。もう家に帰れないかもしれないと思ったら僕は急に悲しくなった。座り込んでジョンを抱きしめた。
「あなたどこの子?」と声をかけてくれたおばあさんがいた。僕は自分の名前と学校名を言い、大通りの向こうから来たことを話した。家の電話番号を聞かれたのでそれを言うと、おばあさんは電話をかけてくれた。 「すぐにおかあさんが迎えに来るから大丈夫よ」とおばあさんは言って、僕とジョンにお菓子をくれた。
待っていると、エプロン姿の母が走ってやってきた。母は「何をしにこんな遠くに来てるの?」と僕に聞いた。「こっちに何があるか知りたかっただけだよ」と言って僕は泣いた。ジョンは僕の手の甲をなめてくれた。
僕とジョンは、迎えにきてくれた母と一緒に家に帰った。
そこに何があるのか知りたかった。ただそれだけで僕は歩いた。怖かったけれど楽しかった。はじめての旅だった。