「さあ、これからどうする?」とジャックは言った。
「君はもう一人前のブックハンターだ。ここニューヨークで仲間もいる。コレクターのクライアントもいる。ペギーさんからの仕事もある。僕がいなくても本の仕事はいくらでもやっていけるだろう」
僕とジャックは、リトルイタリーからの帰り道、ブロードウェイを歩きながら話した。
「うん、僕はニューヨークに来て、ジャックと出会って、本の仕事を通じていろいろなことを学ばせてもらった。それは、本の仕事に限ったことではなく、どんな仕事にも通じる大切なことばかりだった。その多くは人と人とのつながりというか、すべてはコミュニケーションだということを知ったんだ。コミュニケーションとは何か。それは相手に愛情を伝えることだとわかったんだ。仕事とは、困っている人を助けること。そのために世の中の人の感情を深く理解すること。そういうことを僕はニューヨークという街で気づいたんだ」
僕は独り言のように話した。
「ああ、そうだね。君が気づいたことはほんとに大事なことだ。その気づきという種を、これからどんなふうに育てて、どんな花を咲かせたいのか、よく考えるといい。それが君のこれからのビジョンだね、きっと」
ジャックは夜が明けようとして青くなった空を見上げて言った。
「それより今日、君が着ているリネンのシャツいいな。リネンのシャツは、着て二日目の身体になじんだシワがなんとも言えない良さがある。それ二日目だろ」
「これはジャックからもらったシャツだよ。元々、自分のものだったのに何言ってんの?」と僕は笑った。
「そっか。同じ服でも着る人によって、違って見えるな。君のほうが似合ってる」とジャックは言った。
「ビジョンの話だけど、明日、『コーヒーショップ』で出会ったアシャと会うんだ。彼女も自分のビジョンが何かを今探している。もしかしたら、僕と彼女のビジョンが重なるかもしれない。そんな予感がしているんだ」
「アシャはいい子だ。あんなピュアな子は珍しい。君らは同じ世界を生きているから、きっと何か新しい扉を開くことが出来ると思うよ」
ジャックは僕の言葉にこう答えた。
「でも、一度、僕は日本に帰る。今まで身勝手に旅を続けてきたから、親孝行をしたいんだ。自分の経験が日本で役に立つかもしれないし。そしてまた必ずニューヨークに来るよ」と僕は言った。
「君はもう僕のルーティンを知っているね。だから、いつニューヨークに来ても、僕を捕まえられるだろう」とジャックは笑って言った。

「さあ、あったかいコーヒーを飲んで帰ろう」
ジャックは僕らがはじめて一緒にコーヒーを飲んだドーナツ屋のドアを開けた。朝のドーナツ屋は、揚げたてのドーナツの甘い香りが充満していた。
僕とジャックはコーヒーを注文し、カウンターに座り、何も語らずにぼんやりと過ごした。
「僕らはここで別れよう……」
ジャックはカウンターに肘をつき、マグカップを両手で包みながら言った。
「うん、そうだね」と僕は答えた。
第一部・終