何が起きたのだろう? この事態をジャックに連絡をしたほうがいいのだろうか? いや、これは僕自身の問題だ。今更ジャックを巻き込むわけにはいかない。僕は着の身着のままで外に出た。
夜中の2時のブロードウェイはしんと静まり返っていた。冷たい風に身体がブルッと震えた。上着を着るのを忘れた僕は、あわてて部屋に戻り、買ったばかりのフードのついたポリエステルのパーカーを羽織った。セントラルパークをランニングするために選んだものだった。
待ち合わせをしたドーナツ屋まで走っていると、まるで夜中にランニングしているニューヨーカーのようだと思った。
ドーナツ屋に着くと、ケンはすでに着いていて、神妙な顔をしてカウンターのスツールに座っていた。
「夜中に呼び出してごめん。まずは本を君に返すよ」
ケンは、僕が預けた「A GOLD BOOK」を返してくれた。しかも、本が痛まないようにきれいにラッピングされていた。
「知人にこの本の査定をしてもらうと、たまたまその場にいた上司に見つかり、一緒に査定してもらったんだが、この本を見た途端、大騒ぎになった。この本はどう低く見積もっても、2万ドルはすると言うんだ。しかも、こんなにきれいなコンディションの『A GOLD BOOK』は、おそらくウォーホル財団でさえ持っていないだろうと。よって、しかるべきタイミングで、オークションに出品するのが適切という結果なんだ」とケンは言った。
ケンはにっこりと笑って、「よかったね、それを君に早く伝えたくて駆けつけたんだ」と手を出して僕に握手を求めた。
「ケン、ありがとう」そう言うと、ケンはまるで自分のことのように喜んだ。
「とりあえず、まずは本を持ち主に戻して、一通りの報告をすると言って帰ってきたんだ」ケンの顔は、自分の役目をしっかり果たしたという達成感に満ちていた。
僕とケンはコーヒーで乾杯をして、軽くハグをし合った。
「あとは君の判断だ。こんな希少な本が発見されたというストーリーは,『ニューヨーク・タイムズ』も飛びつくだろうし、僕ごときのコレクターからすると、手にとって見れただけでしあわせなんだ。ほんとにありがとう」とケンは言った。

僕は迷うことなく決めた。
「この本はケンに売るよ。いや、ケンに持っていてもらいたい。僕の最初のクライアントとして、どうかこの本を受け取ってもらえないかい?」と僕はケンに言った。
「いやいや、無理だ。僕は、こんな高い本を買えるほどのお金は持っていないよ」と、ケンは手をブルブルと横に振りながら言った。
「金額はどうでもいいんだ。じゃあ、こうしよう。僕はこの本を、この店に忘れて置いて帰るよ。君は拾えばいい。じゃあ、また! あ、コーヒー代よろしく!」と言って、僕は本をカウンターの上に置いた。
「おいおい、ちょっと待てよ!」とケンは僕を追うようにスツールから降りたが、僕はすでにドーナツ屋を出て、真夜中のブロードウェイを走っていた。
僕は、なんだか嬉しくて嬉しくて、うさぎのように飛び跳ねるようにして走って帰った。