「もちろんです!あなたが今、探している本を教えていただければ」と僕は答えた。
「私が探しているのは、ブロドヴィッチの写真集『Ballet』です。1945年に刊行されたもので、撮影当時1930年代のバレエ芸術は、世界中のアーティストの才能が花開く世界だった。そんなバレエの舞台をブロドヴィッチが撮影し、自分でブックデザインした希少本です。ぜひ探していただきたい」とケンは言った。
「わかりました。見つけたら幾らで買っていただけますか?」と聞くと、「カバーケース付きで7000ドルで買いましょう。現金で支払います。ぜひ探してください。何かあればいつでもここに電話してくださいね」とケンは僕に名刺を渡して、握手を求めた。
当然ながら、ケンは「Ballet」を、他のブックハンターにも注文しているだろう。「誰よりも早く、安く、コンディションよく、この本を探そう」この瞬間に、僕はニューヨーク中のブックハンターとのレースに参加したような気持ちになった。
「ちなみにこの店に在庫はありません。ウォンツリストがおそらく10人以上連なっているので、入荷してもすぐに売られるので店には並ばないでしょう。私もそのうちの一人ですが」とケンは笑った。
ということは、「Bellet」は、ニューヨーク中の古書店を探し回っても、よほどの奇跡が起きない限り見つからないということだ。そんな希少本を、百戦錬磨のブックハンターを出し抜いて、どうやって見つけたらいいのだろう。「必ず見つけます!」と豪語しておきながら、僕は頭を抱えてしまった。
そうか、売っている場所がないのであれば、持っている人を探せばいい。僕はそう思った。
僕はジャックに電話し、「Ballet」探索を始める経緯を話し、相談をした。
「大事なことは、まずは君が『Ballet』がどんな本なのかを、その目で見て、熟知しなければならない。いいかい、本を探すヒントは、いつだって、その本の中にあるんだ。まずは実物を手にすることからスタートだね」とジャックは言った。

「そんな希少本はどこに行けば手にできるのだろうか?」と言うと、「それは自分で考えるべきだ。人を頼ってはいけない。どんなことでも、まずは自分で考える。まずは自分で研究する。そして行動に移す。それの繰り返しだよ。がんばれ」と、ジャックは言って僕を励ました。
まずは自分で考える。本を探すヒントは、いつだって本の中にある。僕はまたひとつジャックから大切なことを教えてもらった。ありがとう、ジャック。
「あ、そうだ、アドバイスをもうひとつ。いいかい、7000ドルの本を扱うならば、高級品でなくてもいいので、それなりの身なりをしないと誰にも信用されない。プレスされた清潔なシャツと、きちんとしたパンツを身に着けないと、見た目という身なりで損をすることになるから気をつけたほうがいい」とジャックは僕に言った。
次の日の朝、僕は、洗いたてのシャツにアイロンをていねいにかけた。細身のチノパンツに足を入れると、よし、と気合が入った。
仕事の第一は身だしなみを整えること。これを肝に命じよう。
さあ、今日から僕の仕事がはじまる。