「ここを見てごらん」と、ジャックは本のページを開いて僕に見せた。
そこにはウォーホル自身の署名があり、その上に「親愛なる」と書かれていて、「Alexey Brodovitch」と献名があった。
1957年に自費出版された「A GOLD BOOK」は、ウォーホルのイラストレーター時代のもの。ウォーホルは、当時「ハーパースバザー」からイラストの注文を定期的に受けていた。
五十年代の「ハーパースバザー」は、そのアーティスティックなファッション表現と、グラフィカルなエディトリアルデザインで、抜群のクリエーティブを発揮したファッションマガジンとして名を高めていたが、その立役者が、敏腕アートディレクターのアレクセイ・ブロドヴィッチだった。
当時の若かりしウォーホルからすると、ブロドヴィッチは雲の上の存在。この献名からすると、ウォーホルは、自分の作品を知ってもらいたい一心でブロドヴィッチに献本したことが見受けられる。
この一冊には、そんな貴重な事実がしっかりと残されていた。それだけで、この「A GOLD BOOK」の価値は何倍にもなる。ジャックの手が震えるのは当然だった。
「すごい本を見つけたな……」とジャックは言った。そして「さて、どうやってこの本を手にいれようか…」と唇を噛んだ。
「確かにこの店はアートブックには詳しくない。だから、見落としもあるだろう。どこにも値段が書いていないのは、まだ整理してない証拠。だから、きっと店主は気づいていないんだ」とジャックは言った。
「二階の未整理の本は最近買い取ったものかい?」ジャックは本を手に持って、店主に話しかけた。

「ああ、近所のダコタハウスに住む老婦人から引取りに来てくれって言われたので、先日、引き取ったものだ。何か欲しいものでもあったかい?」と店主は答えた。
「これが混ざってたよ」と言って、ジャックは店主に「A GOLD BOOK」を手渡した。
すると店主は「20ドルでいいよ」と言った。僕とジャックは目を見合わせた。
「それより、君の履いているデニムはいいな。ビンテージかい? いい色落ちをしてるな」と言って、店主は僕に話しかけてきた。
「いいえ、ビンテージではありません。でも、ずっと履き続けているから、友だちのようなものです」と僕は答えた。
「デニムは、君のいうように友だちみたいなものだね。私もデニムが好きだから、人の履いているデニムをどうしても見てしまうんだ。友だちを大事にするように、そのデニムも大事にしてやってくれ」と店主は言った。
ジャックは店主の肩を抱いてこう言った。「この本はべらぼうに価値がある。そんな値段で買うわけにはいかないよ」
「私には、知っている本もあれば、知らない本もある。それは君も一緒だろう。その本は知らない。ただそれだけのことさ。その本がどんなに価値があろうと、私は20ドルで売ると言ったんだ。損はしない」と店主は言った。
「ヤタロー。君が見つけた本だ。この本は君が買うといい…」ジャックはこう言った。
「君がこの店に何度も来たことは知っているよ。これも何かの縁だ。本屋と客というのは親しくなるための機会が必ずあるものなんだ。今日はきっとそういう日じゃないかな」と、店主はそう言って僕にウインクした。
僕はデニムの前ポケットに手を入れた。そこには丁度20ドル札一枚と、小銭が入っていた。