The Mind
of a Winter Champ

A Conversation with Ayumu Hirano
at his Local Ski Park

Photography by Yoshiro Higai, Styling by Akio Hasegawa, Hair & Makeup by Kenshin, Text by Kosuke Ide, Editing by Shigeru Nakagawa, Special thanks to Yokone Ski Park

Photography by Yoshiro Higai, Styling by Akio Hasegawa, Hair & Makeup by Kenshin, Text by Kosuke Ide, Editing by Shigeru Nakagawa, Special thanks to Yokone Ski Park

2022年北京オリンピック・スノーボード男子ハーフパイプ、最終試技での逆転による金メダル獲得。長年にわたる夢をついに掌中に収め、新たな道を求める若き王者が、その“初心”を育んだ地で語るこれまでとこれから。

幼い頃「とにかくよく練習した」と懐かしむハーフパイプコースのエッジに腰掛けて。実際に目の当たりにすると想像以上の傾斜と高さが印象的。着用のハイブリッドダウンパーカは平野選手と初めて共同開発したスノーボードウェアをベースに、2019年に登場。以後毎シーズン、アップデートしてリリースされている。

今年2月、テレビの画面の中で普段とまったく変わらぬ落ち着きでもって自らの長年にわたる「夢」の実現を迎え入れているように見えた、その表情や声色の中に、この日はさらにリラックスした柔らかさが感じられた。北京オリンピックでの金メダル獲得、また冬季オリンピック3大会連続メダル獲得という「偉業」を成し遂げた後の、いわゆる“充電”期間にあたるというだけではない。平野歩夢さんが姿を見せた山形県西置賜郡小国町・横根スキー場は「『ここで始めた』というくらいの、自分にとってのホームタウン」なのだ。

滑走距離450メートルほどのゲレンデがひとつと、延長100メートルのハーフパイプコースがひとつ。日本国内だけで比べても極めて小規模であり、その設備からすれば初級〜中級者向け、ファミリー向けといった類となるその施設から漂う長閑な空気に、世界を制した23歳の“王者”が鮮やかなコントラストを与えている。

「小さい頃で思い出すのは、僕と兄と父でここで滑っているという記憶で。中学生くらいまで毎日ずっと通っていました。村上市(新潟県)の自宅から車で40分くらい。学校が終わったらすぐここに来て、かなり厳しい練習をしてましたね。1~2分に1本くらいのハイペースでガンガン滑って。夕方には家に帰って、夕食の後はスケートボード。夜中まで練習して、毎日クタクタで。友達と遊びたいとかいう気持ちもあって、ここに来たくないと思ったこともあった。辛かったことも含めて、改めて振り返ると懐かしいなって」

横根スキー場内のロッジは練習終わりに一息ついてプレーを振り返った思い出の場所。現在は食堂としてオフシーズン中も営業している。

「小さい頃の夢がひとつ叶いました」。金メダル獲得後、最初に投稿したSNS上で平野さんはそう切り出した。2014年、初めて挑んだソチ大会で銀メダル。15歳74日でのメダル獲得は冬季オリンピックにおける日本人史上最年少記録であり、スノーボードにおける最年少のオリンピックメダリストとしてギネス世界記録に認定された。2018年平昌大会では2大会連続となる銀メダル。2021年には同時に取り組んで来たスケートボードでも東京大会に出場して人々を驚かせた後、その翌年、再びスノーボードに舞い戻り、栄冠を手にした。

「オリンピック前は自分でもちょっと異常だなと思うくらい追い込んでいて。日々やりたくないことに向き合ったり、時間との戦いだったり……。今も練習は続けていますけど、そういう精神状態にないということ自体が、自分にとっては休んでいるという感覚なんです。素の自分でいられることが。今、楽しいことは、何も考えないでプライベートでスノーボードしたり、友達とご飯を食べたりすることですかね。みんなと同じですよ」

そう言って温和な笑顔を見せるその姿は、本当に「みんなと同じ」ひとりの若者のようでもありながら、一方で平野さんがこれまで歩んできた道を振り返れば、まだ誰も成し遂げていないことに挑み、実現し続けてきたことはその輝かしい実績が証明している。なかでもとりわけ、「まったく違うスポーツ」と語るスケートボードとの“二刀流”は、まさしく前人未到の領域といっても良いレベルでの挑戦だった。

ビル2階の高さに相当するパイプの壁の縁からさらに5メートル以上舞い、目にも止まらぬ速さで縦横に複数の回転。まさに人間離れした技は、想像を絶する練習量の賜物。©Kosuke Shinozaki

「本来、スノーボードから離れて、違う競技に取り組むのは怖いことだと思うんです。僕ももちろん不安はありました。自分は何かを失っているんじゃないかとか……そこで自分が成長できるかできないかなんて、誰にもわからないですよね。だけど、そういう不安と近い距離になれたからこそ得たものがあった。それが結果的に、北京で生きたと思う。いつもと違う、新たなことに挑戦して、そこから得たエネルギーが大きな力になってくれた。それはスケートボードを経験していなければわからなかったことで。そんな風に、自分が思ってもいなかったところから成長が降りてくるんだなって」

不安とともに過ごした日々が与えてくれたもの。誰も歩いたことのない世界には、地図というマニュアルはない。そこで自らを導いてくれるのは、自分自身の強い思いでしかない。

「ここまでやってきて、技のレベルも限界に近いところまで来ているので、今後はその先がないところを自分で作り出す側に回るわけですよね。そこからが難しい。他人の中にヒントはなくて、自分で考えなきゃいけない。ただ僕は、みんなと同じ基準の中で競い合って、誰が勝つか負けるかの世界だけというのは嫌だなと思っていて。この先、どんどん若い子たちも出てきて、僕もいつか結果が出せなくなる日も来る。そういう中で、自分のフィールドみたいなものを見つけて、そこで挑戦していけたらと思う。それを見つけ出すこともすごく難しいんですけどね。こう言うと、次は一体何(の種目)をやるんだ?と思われるかもしれないんですけど、ほんの小さいことでもいいんです。4歳からずっとこの世界で高みを目指すことだけを考えてきて、他の人が経験してきたようなことをしていない面もあるので、もっと自分の幅を広げていきたいなと。自分を追い込むだけじゃなく、楽しみながら本気になれることだったり。もちろんみんなと共に戦う戦場も大事だし、今までやってきたことを継続しつつ、そこに何かを付け加えていきたい。欲張ってやっていきたいですね」

北京2022冬季オリンピックシーズンはスイス合宿からスタート。雪の状態によってアメリカやヨーロッパなど、世界中のコースを飛び回る。遠征中はしっかり自炊も。パスタが得意。©Kosuke Shinozaki

いつも淡々としてもの静かな態度の中にある、探し求めて、挑み、戦うことへの強い気持ち。そんな平野さんの目から、現代の社会はどう見えるだろう。そう尋ねると、「僕はあまり他人のことを気にしていないし、それぞれの人の生き方があるので」と慎重に前置きした上で話してくれた。

「インターネットとか色々な技術もあって便利な世の中になって、それが力になる面もあると思うんですけど、一方で弱くなっている部分もあるのかなあと。そういうものがないと生きていけなくなったり、自分で考えることを忘れてしまったり……。最近、自分のことよりも他人のことに気持ちが行ってしまう人が増えているのかなと思うことはありますね。

他人に期待してしまったりとか。もちろん、便利なものは利用していくというのも良いと思います。だけどその中でも、僕はやっぱり自分の頭で考えて、自分の力でやるということは大事にしたいなと。自分がどうしたいのか、どうなりたいのか。自分のためにやっていることが、結果的に誰かに何かを感じてもらったり、周りのためになったりするなら、それがいちばんいいのかなと」

他人が作った既存の基準やシステムに頼るのでなく、どんなときも自分で考え、自分の力でやる。自らの新たなフィールドを見つけ挑むことは、平野さんにとって変節ではなく、むしろ原点に立ち戻ることだ。「クラシック」の中にこそ、新たな世界を切り開く鍵はある。

「スケートボードでもスノーボードでも、まだそんなスポーツが存在しなかった時代にやり始めた人たちがいて。そのハングリーさがかっこいいなと思うんですよね。そういう“初心”みたいなものはなくしちゃいけない部分で。僕の原点であるこのスキー場だって、こんな小さいパイプで、まったく環境が整っているわけじゃないけど、だからこそ強くなれた。ここで1日、2日じゃなくて、10年やれば、他人と違うものが生まれる。何も用意されてないところでも強くなれるんだ、ということを見せていけたらと思っているんです」

Ayumu Hirano

平野 歩夢

Professional Snowboarder & Skater

1998年、新潟県生まれ。兄の影響で幼少期よりスノーボードを始め、15歳で出場したソチ2014冬季オリンピックで銀メダルを獲得。平昌2018冬季オリンピックでは2大会連続銀メダルを獲得。2018年秋からは前人未到のスノーボードとスケートボードの二刀流に挑む。東京2020夏季オリンピックスケートボード日本代表。北京2022冬季オリンピックで金メダルを獲得。2018年からユニクロのグローバルブランドアンバサダーを務め、競技用スノーボードウェアなどを共同開発。上の写真で着用のジャケットは、担当者との対話の中で生まれたというタイダイ風プリント柄デザインがお気に入り。

Ayumu Hirano

平野 歩夢

Professional Snowboarder & Skater

1998年、新潟県生まれ。兄の影響で幼少期よりスノーボードを始め、15歳で出場したソチ2014冬季オリンピックで銀メダルを獲得。平昌2018冬季オリンピックでは2大会連続銀メダルを獲得。2018年秋からは前人未到のスノーボードとスケートボードの二刀流に挑む。東京2020夏季オリンピックスケートボード日本代表。北京2022冬季オリンピックで金メダルを獲得。2018年からユニクロのグローバルブランドアンバサダーを務め、競技用スノーボードウェアなどを共同開発。上の写真で着用のジャケットは、担当者との対話の中で生まれたというタイダイ風プリント柄デザインがお気に入り。

横根スキー場内のロッジは練習終わりに一息ついてプレーを振り返った思い出の場所。現在は食堂としてオフシーズン中も営業している。
ビル2階の高さに相当するパイプの壁の縁からさらに5メートル以上舞い、目にも止まらぬ速さで縦横に複数の回転。まさに人間離れした技は、想像を絶する練習量の賜物。©Kosuke Shinozaki

いつも淡々としてもの静かな態度の中にある、探し求めて、挑み、戦うことへの強い気持ち。そんな平野さんの目から、現代の社会はどう見えるだろう。そう尋ねると、「僕はあまり他人のことを気にしていないし、それぞれの人の生き方があるので」と慎重に前置きした上で話してくれた。

北京2022冬季オリンピックシーズンはスイス合宿からスタート。雪の状態によってアメリカやヨーロッパなど、世界中のコースを飛び回る。遠征中はしっかり自炊も。パスタが得意。©Kosuke Shinozaki
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