The History of
UNIQLO in the US

まさに夜が明ける寸前。
ユニクロ初のグローバル旗艦店としてオープンを数時間後に
控えた、
米国ニューヨークSoHo店を収めた1枚だ。
あれから16年。その歩みを振り返り、
未来へのヒントを読み解く。

  • Text by Kumi Matsushita
  • Store Design: Wonderwall® Photo: Kozo Takayama

ユニクロが初のグローバル旗艦店を米国NYのSoHoにオープンしたのは2006年11月のこと。それまで標準店で150~300坪、大型店でも500坪という商品・オペレーションで展開していたユニクロが、海外、しかも、世界から注目を集める場所で前代未聞の1,000坪を開くというのは大きな挑戦だった。そこで、クリエイティブディレクターにサムライの佐藤可士和氏、インテリアデザイナーにワンダーウォールの片山正通氏、インターフェイスデザイナーに中村勇吾氏、ファッションフォトのアートディレクターにマーカス・キルシュテン氏らを起用。ドリームチームを結成し「世界最高のショーケース」作りがスタートした。

佐藤氏はユニクロの服の本質から「美意識ある超合理性」というコンセプトを導き出した。ロゴは日本を強く意識し、ワインレッドから赤に変更。書体もアルファベットとカタカナを採用した。出店を告知するため、店舗をラッピングしたり、人々が行き交うメトロの交通広告やイエローキャブなどにロゴを掲出。続いて女優や日本人料理人などNYの象徴的な人物を撮影したピープルキャンペーンを展開。さらに、主力商品を打ち出すプロダクトキャンペーンを行い、街に溶け込みながら話題性や興味を喚起していった。この現地との協業を含めた一連のキャンペーン手法は、新規国への出店やグローバル旗艦店オープンの際の重要施策として、今も継続中だ。

2006

世界初のグローバル旗艦店をNYのSoHoに出店。ロゴキャンペーンや「美意識ある超合理性」に基づくVMDで話題に。

肝心のブロードウェイに面した3層の店舗では、カラーバリエーション豊富なカシミヤを壁一面に積み上げ、グラフィックTシャツを並べたUTウォールで漫画やアートなど日本のカルチャーをフィーチャー。前夜のパーティにはセレブリティやデザイナーなども多く訪れ、当日は当時のNY市長がスピーチとテープカットを行い、国内外の報道陣も多く詰めかけた。

現在、ユニクロでグローバルクリエイティブ統括を務めるジョン・ジェイは、「SoHo店のオープンはとても印象的で画期的だった」と語る。当時は世界的なクリエイティブエージェンシーのワイデン+ケネディで米国ポートランド本社を拠点に活動していたが、90年代後半には日本で東京オフィスを立ち上げ、ファーストリテイリングの山口本社に毎週通い、柳井正社長と米国進出を含めたグローバル展開の夢を語り合ったり、ユニクロのフリースのCMなどを手がけた経験がある。それからわずか数年。「クリエイティブチームの協力もあり、デザインがぐっと洗練された。棚やガラスケースの美しい陳列やDJブースやUTなどのカルチャーの発信に加え、建物のレンガ壁を残すなど歴史や現地の人々に敬意を払う姿も素晴らしく、米国でもとても話題になった」と振り返る。

光が強ければ影もまた濃い。海外1号店として進出した英国や、テストマーケティング的に郊外に出店した米国ニュージャージー店の不振など、数々の失敗もあった。SoHo店も快進撃と騒がれたが、その実オペレーションは滅茶苦茶だった。そこでロンドンの立て直しに尽力した社員を招聘。商慣習が異なるうえ、ユニクロ流を体得しないまま本社からの改善要求を受けて困惑する現場に寄り添い、意見や不満を聞く一方、ユニクロの企業文化や手法を浸透させていった。お釣りを両手で受け渡す丁寧な対応や、美意識を隅々まで行き渡らせる手始めとして整理整頓を徹底。お客様から喜ばれる体験をしたスタッフの目が一気に輝き始めた。

続いてNY五番街にグローバル旗艦店をオープンしたのは2011年10月のこと。高級ブランドやグローバルブランドが立ち並ぶ世界の一等地。しかも、SoHo店をさらに上回る売場面積1,400坪という巨大店舗だ。

2011

世界の一等地であるNYの五番街に、最新・最高のショーケースとして1,400坪の超大型のグローバル旗艦店をオープン。

開業3カ月前に着任した日本人店長がスタッフに発信した最大のメッセージは、「あなたたちが主役です」というものだった。SoHo店の再建や日本のグローバル旗艦店の新規開店などを通じて、ユニクロの進化や日本の良さを再認識。店長が陣頭指揮を執るスタイルから、グローバルワン・全員経営を実践し、スタッフが自発的に動く組織を作り上げ「世界最高・最新の世界に向けたショーケース」として、毎日がオープン日という覚悟を持ってお客様を最高の状態で迎える体制を築いた。

翌2012年には、西海岸1号店をオープンした。米国を代表するギャップやリーバイスの創業地であるサンフランシスコを選択。アジア人比率も高く、観光客も多く訪れるユニオンスクエアで、世界中のあらゆる人々にユニクロの服を楽しんでもらえるようにと、MADE FOR ALLを掲げて出店した。

2012

サンフランシスコのユニオンスクエアに出店した西海岸1号店(当時)に1,000人が行列。店前をケーブルカーが走る。

前出のジョン・ジェイがユニクロに加わったのは2014年のこと。「ユニクロにはクオリティを追求する妥協しないフィロソフィーやクリエイティブスピリッツがあった。私の役割は日本の素晴らしい企業を真の意味でグローバルにすることと、その革新性を周知することだった」。

象徴的な企画の一つが、後にLifeWear Dayに発展した展覧会「The Art and Science of LifeWear」の開催だ。機能性と快適さを支えるテクノロジーや美意識、クラフツマンシップなど、商品開発の裏側を可視化して伝えることで、ブランドや商品への理解を深めるとともに、話題性を創出することを目的に、2017年にNYで初開催。その後パリ、ロンドン、上海へと巡回する恒例企画となった。

2016

提携するMoMAにも近い五番街店は、アーティストとの店舗ラッピング企画などで話題性を創出。カウズとも協業。

View of The Museum of Modern Art.
Photo: Alycia Kravitz.

2017

ユニクロの高品質や機能性を支える技術や開発背景を伝える「The Art and Science of LifeWear」をNYで初開催。

もう一つは、多くのクリエイティブ人材をユニクロとつなぐことだ。2021年のSoHo店リニューアルを記念して『The Spirit of SoHo』マガジンを発行したのもその一環だ。SoHo店の15周年を祝うだけでなく、SoHoが豊かな歴史や文化、創造性やコミュニティを有し、世界に影響を与えている理由を理解してもらうことが重要だと考えた。温かくユニクロを迎え入れてくれた地域の人々とさらに深くつながるために。

世界中の人々が気軽に購入し、自分らしいライフスタイルを創れる服としてLifeWearを提供するユニクロの海外進出は、単に利益を追求することが目的ではない。人々の暮らしを豊かにすることを使命とし、ローカルのコミュニティの一員となることを目指している。

たとえば、五番街店のご近所さんで、世界最高峰の近・現代美術のコレクションを有し、独創的なキュレーションでも知られるMoMA(ニューヨーク近代美術館)と提携してアートの民主化をサポートするフリー・フライデー・ナイト(金曜夜の入館無料のスポンサード)を実施。この提携は、UTも進化させた。2003年に「ユニクロTシャツプロジェクト」として始動した時から「やるなら、ポップアートの巨匠であるキース・へリング、バスキア、アンディ・ウォーホルとコラボすべき!」と担当者がNYに飛び、各財団と直接交渉してTシャツ作りを実現させるなど、ユニクロのアートへの熱量は高い。MoMAとのUTはアジアや欧州でも人気で、米国を拠点にした取り組みが、グローバルでのブランディングやファン獲得につながる好事例になっている。

2021

SoHo店の15周年を記念し『The Spirit of SoHo』マガジンを発行。現代アートのディーラー兼キュレーターで多様性と包括性を推進するニコラ・ヴァッセルを表紙に起用。その他、写真家のライアン・マッギンレーや、グラフィックアーティストの大御所Futuraとその娘ら、SoHoにゆかりのある人物を取り上げた。

Photo: Dylan Sido

いま、ユニクロではサステナビリティを経営の柱に据えようとしている。米国でサステナビリティを担当するのは、ユニクロがブームになる前の1997年に入社したベテランの米国人だ。「当時は小さな会社だったが、柳井社長のアンビションはとても大きかった。そして本当に会社もユニクロも大きくなった」。今彼のミッションは、LifeWear=サステナビリティを実践していくことだ。重点テーマとして『ピープル』『プラネット』『ソサイエティ』の調和と、持続的な発展を目指している。障害者教育支援学校のディストリクト75をサポートし、店舗に子どもたちを招いて買い物体験を実施。アフガニスタンからの避難民が暮らすニュージャージーの軍事施設にヒートテックや防寒着などを提供するなど、地域に根差した活動を今後も推進していく。

現在では世界25カ国・地域に2,200店舗を展開するユニクロ。そのうち、米国事業は約40店舗で、売上高も中国や日本には及ばない。それでも、現地のキャリアサイト「Comparably」が行った18~24歳のZ世代が好きなブランドの14位にランクイン。ユニクロにとって米国事業は、グローバルブランドとして日の目を見ることや、進化を遂げることに数字以上に大きな役割を果たしてきたことは間違いない。オープニングのキャンペーンを筆頭に、米国での好事例を日本や他国でブラッシュアップして横展開し、成長の起爆剤となってきたことも確かだ。

ジョン・ジェイは言う。「まだまだユニクロを知らない人は多い。米国、とくにNYは世界から注目される場所であり、新しい人やことを受容する自由な街でもある。スマートに、クリエイティブに、そして勤勉に情報発信を強化し、人々とつながっていきたい。米国の未来は無限大だ」。

カギを握るのは、「地域からの信頼、支持による存在意義だ」と米国CEOの塚越大介。そして、「日本にヘッドクオーターを置くユニクロが、欧米の異文化を体験し、西洋と東洋の哲学の違いなどを正しく理解し、意思決定ができるようになればブレークスルーにつながる。ローカルの人材育成が重要で、様々な国から優秀な人材を集結させ、学び合い、多様性を活かした組織を作る。そうやって世界各地で繁栄することが、グループの従業員に経験や成長する機会を提供し、お客様の満足のためによりよい提案ができる会社になれるはず。顧客中心を貫き続け、良い商品、サービスを提供していきたい」と続ける。

それには、全米のどこからでも気軽に買い物ができる体制をさらに構築すること。LifeWear=サステナビリティを真に実現し、ユニクロの存在が社会や地域をよりよくするために本気で行動することが不可欠だ。それが、米国とユニクロの次の15年、さらには、50年、100年先の未来を明るくすることにつながるだろう。

2006

世界初のグローバル旗艦店をNYのSoHoに出店。ロゴキャンペーンや「美意識ある超合理性」に基づくVMDで話題に。

2011

世界の一等地であるNYの五番街に、最新・最高のショーケースとして1,400坪の超大型のグローバル旗艦店をオープン。

2012

サンフランシスコのユニオンスクエアに出店した西海岸1号店(当時)に1,000人が行列。店前をケーブルカーが走る。

2016

提携するMoMAにも近い五番街店は、アーティストとの店舗ラッピング企画などで話題性を創出。カウズとも協業。

View of The Museum of Modern Art.
Photo: Alycia Kravitz.

2017

ユニクロの高品質や機能性を支える技術や開発背景を伝える「The Art and Science of LifeWear」をNYで初開催。

2021

SoHo店の15周年を記念し『The Spirit of SoHo』マガジンを発行。現代アートのディーラー兼キュレーターで多様性と包括性を推進するニコラ・ヴァッセルを表紙に起用。その他、写真家のライアン・マッギンレーや、グラフィックアーティストの大御所Futuraとその娘ら、SoHoにゆかりのある人物を取り上げた。

Photo: Dylan Sido

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