Craftman_1

Catherine Lorimer

キャサリン・ロリマー

Potter | 陶芸家

1985年、沖縄県石垣島生まれ。陶芸家の両親の元に生まれる。各地を転々とした後、27歳のとき、母の奈美・ロリマーに師事。2021年に独立し、沖縄県沖縄市に自身の工房「NANTOUYAKI」をオープン。県外での個展も精力的に開催している。

PEOPLE
and LifeWear

  • Photography by Kazufumi Shimoyashiki
  • Text by Keisuke Kagiwada
  • Special thanks to Natsuki Akiyama

豊かな自然をたたえ、ものをつくる。魅力的な2人の作家の暮らし。

Craftman_1

Catherine Lorimer

キャサリン・ロリマー

Potter | 陶芸家

1985年、沖縄県石垣島生まれ。陶芸家の両親の元に生まれる。各地を転々とした後、27歳のとき、母の奈美・ロリマーに師事。2021年に独立し、沖縄県沖縄市に自身の工房「NANTOUYAKI」をオープン。県外での個展も精力的に開催している。

今年初め、沖縄市の中心部にチャーミングな工房兼ギャラリーがオープンした。陶芸家のキャサリン・ロリマーさんが営む「NANTOUYAKI」だ。1960年代に建てられたという古民家を、彼女自身の手でリノベーションしたのだという。

「うちの家族は“ないなら作る”“壊れているなら直す”が基本だったんですよ。貧しかったというのもありますが、少し手を加えればまた命を吹き返すのに捨てる必要はないということですね。自分でリノベーションしたのは、そういう感覚が自分の中にあったからかもしれません。実はこの裏に自宅があって、もともとはそこを借りるつもりだったんですよ。そしたら大家さんが『ここも好きにしていいよ』と言ってくれたので、お言葉に甘えて工房兼ギャラリーにさせてもらいました。先日、近所に住んでいるおばあさんが散歩の途中に店の外の椅子に腰掛けていたので話しかけましたけど、沖縄の人ってそういう感じでよく知らなくてもすぐに友達になれちゃうんですよ。ここもそういう地域住民の方が集う休憩スポットみたいになれたらいいですね。特別な存在ではなく、あくまで誰かの日常の一コマになりたいというか。私の作っているお皿やマグカップもそうです。毎日使うものですから」

石垣島で生まれ育ったキャサリンさんは、陶芸家のニュージーランド人のポールさんと日本人の奈美さんを両親に持つ。要するに、サラブレッドなわけだが、彼女自身が陶芸を始めたのは27歳と意外にも遅い。その“遠回り”の理由をキャサリンさんはこう語る。

「うちの実家は石垣島のジャングルの中にあるんですよ。家も父が友達と建てた牛小屋みたいなところでした(笑)。子どもの頃は楽しかったんですが、思春期をすぎるとそれが嫌で嫌で。とにかく抜け出したくて、島の高校を中退してからは、本島はもちろん、ときには神奈川県の藤沢や鎌倉に住んだりしながら、飲食店やホテルで働いていましたね」

20代後半までは各地を転々としながら慌ただしく過ごした。弟が父の故郷であるニュージーランドに留学することになったのは、そんな暮らしに疲れ始めたある日のこと。なんとなく付き添って行ったことが、人生の転機となったようだ。

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1. ギャラリー内の棚には自身の作品が並ぶ。いずれコーヒーも飲めるようになる予定。2. 絵付け中のマグカップの底には、手にした人を笑顔にする“Have a good day”の文字。

石垣島で生まれ育ったキャサリンさんは、陶芸家のニュージーランド人のポールさんと日本人の奈美さんを両親に持つ。要するに、サラブレッドなわけだが、彼女自身が陶芸を始めたのは27歳と意外にも遅い。その“遠回り”の理由をキャサリンさんはこう語る。

「うちの実家は石垣島のジャングルの中にあるんですよ。家も父が友達と建てた牛小屋みたいなところでした(笑)。子どもの頃は楽しかったんですが、思春期をすぎるとそれが嫌で嫌で。とにかく抜け出したくて、島の高校を中退してからは、本島はもちろん、ときには神奈川県の藤沢や鎌倉に住んだりしながら、飲食店やホテルで働いていましたね」

20代後半までは各地を転々としながら慌ただしく過ごした。弟が父の故郷であるニュージーランドに留学することになったのは、そんな暮らしに疲れ始めたある日のこと。なんとなく付き添って行ったことが、人生の転機となったようだ。

「ふたりで住むことになったのが、両親が修行したバリー・ブリッケルという陶芸家のアトリエの近くで。ときどき彼のところに遊びに行っていたんです。そのときは『楽しそうだな』と思いながらも、教わったりはしなかったんですが、1年後に石垣島に帰ってきて母が陶芸している姿を見たら、めちゃくちゃカッコよく思えたんですよ。今までそんなこと思ったこともなかったのに。外国に住んで、自分の地元である沖縄と客観的に向き合うことができたのもよかったかもしれません。それで『私もやってみようかな』って母に伝えたら、『じゃあ、教えるよ』って言ってくれて。それからですね、陶芸を始めたのは」

母である奈美さんは、およそ40年前から「南島焼」という独自の窯を開いている。特徴は、沖縄の花鳥風月がモチーフの色鮮やかな絵付けだ。作陶を始めた当初はその教えを忠実に守っていたキャサリンさんだったが、29歳になる年、両親とともにバリーのアトリエを再訪したことで、デザインががらっと変わったという。

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1. ギャラリー内の棚には自身の作品が並ぶ。いずれコーヒーも飲めるようになる予定。2. 絵付け中のマグカップの底には、手にした人を笑顔にする“Have a good day”の文字。3. バリー氏に師事していたときに作ったもの。「ここまで細かいものはもう描けないかも」とキャサリンさん。4. 現在のキャサリンさんの作品。いずれもモチーフは曼荼羅だが、鮮やかな色使いには南島焼の影響が感じられる。¥2,500〜

3. バリー氏に師事していたときに作ったもの。「ここまで細かいものはもう描けないかも」とキャサリンさん。4. 現在のキャサリンさんの作品。いずれもモチーフは曼荼羅だが、鮮やかな色使いには南島焼の影響が感じられる。¥2,500〜

「ふたりで住むことになったのが、両親が修行したバリー・ブリッケルという陶芸家のアトリエの近くで。ときどき彼のところに遊びに行っていたんです。そのときは『楽しそうだな』と思いながらも、教わったりはしなかったんですが、1年後に石垣島に帰ってきて母が陶芸している姿を見たら、めちゃくちゃカッコよく思えたんですよ。今までそんなこと思ったこともなかったのに。外国に住んで、自分の地元である沖縄と客観的に向き合うことができたのもよかったかもしれません。それで『私もやってみようかな』って母に伝えたら、『じゃあ、教えるよ』って言ってくれて。それからですね、陶芸を始めたのは」

母である奈美さんは、およそ40年前から「南島焼」という独自の窯を開いている。特徴は、沖縄の花鳥風月がモチーフの色鮮やかな絵付けだ。作陶を始めた当初はその教えを忠実に守っていたキャサリンさんだったが、29歳になる年、両親とともにバリーのアトリエを再訪したことで、デザインががらっと変わったという。

「バリーが教えてくれたのは、『自由にやれ』ってことですね。『楽しくないと何もできないよ。なんでそんなに頑張るんだい?』って。それにははっとさせられました。あと、彼のアトリエには、いろんな陶芸家が集まってくるんですよ。その中に、ケイトリンという同世代の女の子がいて、彼女との出会いも大きいです。今の私は『南島焼』的なポップな絵付けと同時に、細かい曼荼羅模様の作品も作っているんです。小さい頃から絵を描くのは好きで、その中には曼荼羅のデッサンもあったんですけど、ビールを飲みながらケイトリンにそれを見せたら、『これを陶器に描いたらいいじゃん』って言われて。それで曼荼羅の作品を作るようになったんです。いずれにしても、あのときバリーのところに行ったことが、今につながっているのは確かですね」

しかし、デザインが一新されたといっても、キャサリンさんの作品のベースはあくまで南島焼にある。例えばそれは、沖縄の土を自ら水簸(すいひ)した粘土を使っていることからも明らかだろう。

「小さい頃から両親ともに自分たちで粘土を作っていたんですよ。それが当たり前の環境で育ったので、粘土が買えると知ったときは驚きました(笑)。たしかにスコップ片手に土を掘りに行くのは大変だし、水簸も手間がかかります。買ったらどれだけ楽だろうと思わないこともありません。ただ、今は母が体調を崩して、やむを得ず買った粘土で陶芸しているので、せめて元気な私はちゃんと母の意志を受け継いで沖縄の粘土を使いたいなって。沖縄の粘土は弱いし粘りもないんですよ。ろくろを挽くのもすごく大変。でも、それは自分の腕を磨けばいいことで。作品を手にとってもらった人に、少しでも沖縄を感じてもらうことが大事かなと思います」

これまでは石垣島にある奈美さんの工房で作品作りをしていたキャサリンさんだったが、自らの工房を構えたことにより独立とあいなった。「NANTOUYAKI」という屋号からは、家業を受け継ごうとする意志が伝わってくるが、なぜローマ字表記なのだろうか。

「本当はまったく別の名前を掲げようと思っていたんですよ。だけど、20代の頃はあっちこっち行っていたので、親孝行したいっていうのもあったんでしょうね。母に『もしよかったら南島焼って名前をもらえない?』って提案してみたんですよ。そしたらすごく喜んでくれて。南島焼は母一代で終わりだと思っていたからかもしれません。ただ、いわゆる南島焼だけでなく、曼荼羅とか私のオリジナルなものもやるよってことで、漢字でなく「NANTOUYAKI」というローマ字表記にしました。これについても母は快く受け入れてくれましたね。今後もとにかく作り続けられればいいなと思います。私は作品を作るとき、『何気ない日常に笑顔を』をモットーにしているんですよ。マグカップやお皿の中に“Have a good day”とかポジティブな言葉を描くのも、それが理由。飲み終わったときや洗っているときに、これを見てちょっとでも笑顔になってくれたらいいなって思っているんです」

NANTOUYAKI

古い家屋をリノベーションした工房の隣にはギャラリーが併設。作品をじっくり選べる。

2-2-38 Kubota, Okinawa-shi, Okinawa

What's Be.Okinawa?

2013年にスタートした沖縄県の観光ブランド。「Be」とは「そこにある、存在する」を表し、行動を促す言葉です。旅する人が沖縄の空気や風景に溶け込み、そこに暮らす人々と交流し、心を通わせること、そして訪れるすべての人にとって「美しい自然とあたたかい人たちに囲まれて、本来の自分を取り戻せる島」であることを表現しています。
https://beokinawa.jp/

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