Creating Peace
at Birth

Photography by Palani Mohan, Agung Parameswara
Editing by UNIQLO

インドネシアのバリ島に、無償で医療を提供している場所がある。伝統と芸術が息づく山あいのウブドにたたずむ、ブミセハット国際助産院を知っているだろうか。たえず命が生まれる瞬間を支えるのは設立者のロビン・リム。彼女の胸の奥に宿る、物語を追った。

Robin Lim | ロビン・リム
Certified Professional Midwife
助産師。1956年、フィリピン・バギオ市生まれ。36歳でインドネシア・バリ島に移住し、95年にブミセハット国際助産院を開設。世界各地の被災地でも医療支援を行っており、その活動が評価され、2011年に「CNN Hero ofthe Year」受賞。15年にはフィリピンで大統領表彰を受けた。

「私にとって、愛が何よりも大切なものなの。だって、最大の癒しは愛だと思わない?」

まるで詩の一節のような、街角で口にしたら思わず照れてしまいそうな一言も、彼女の口からこぼれると素直にそうなんだと感じさせてしまう魅力があるから不思議なものだ。愛について普段そうそう考えもしない淡白な自分が面食らっていると、助産師のロビンは優しく語り始めた。

映画『食べて、祈って、恋をして』の舞台にもなったウブド中央部、深い緑が続くモンキーフォレストから時折見える石造りの家を横目に、バイクが往来する緩やかな坂道を少し下っていった先に彼女が立ち上げたブミセハット国際助産院がある。運営はすべて寄付でまかなわれており、24時間休むことなく出産を控えた母親たちを無償で受け入れるこの助産院。ロビンがアメリカからバリ島に居を移してほどなく、近くに住む人々のお産を手伝い始めたことからスタートしたそうで、25年経ったいまでは年間10万人以上に医療や教育の支援を行うまでになっている。2019年にここで誕生した赤ちゃんは643人。「イブ・ロビン(マザー・ロビン)」と慕われる彼女は、毎日忙しく走り回るスタッフたちと共に、いまもお産に立ち会い、ベッドに横たわる母親に優しくハグをする。
「この場所が好きな理由? 家を出て村のなかを歩いていると、私が取り上げた子供ばかりに出会うから」と語る天真爛漫な彼女の表情は、これまで見た誰よりも幸せそうな笑顔だった。子供の頃から助産師を目指す人生を送っていたのかと思っていたら、意外にもロビンが資格を得たのは30代半ばだったことに驚いた。いったいなぜ? フィリピンに生まれ、アメリカで育った彼女が助産師を目指すきっかけを知りたくて、私たちはロビンが失った妹との思い出を遡っていった。

19歳で初めて出産して、大学を出た後にハワイで農村生活を送りながら学生たちに農場での暮らし方や詩を教えていたロビンに、悲しい知らせが届いたのは1991年のことだった。「まさに理想的な暮らし」だったというハワイでの生活は180度変わった。

「アメリカ・アラバマ州で出産を控えていた妹が、妊娠合併症で亡くなったの。そのころ、この地域は人種差別が根強くて、フィリピン人だった妹の不調を訴える声を注意深く受け止めてくれる医師はいなかった。それまでも、私は小さな子供や子育てをするお母さんたちに本などを寄付していたのだけれど、守ってあげたかったはずの妹が亡くなったときに気が付いたんです。誰かが手を差し伸べれば命を落とさずにすんだ母親たちが、同じようにどこかで大きな悲しみを残して目の前からいなくなってしまうんだって。

医療技術が進んだ国でも、肌の色で母子の死亡率は格段に違ってしまう。貧しい人が多い国ではそもそも病院へ行く余裕がない人もいる。とにかく、妹への愛が私の原動力になった。それが地球上すべての母親とこれから生まれる子供たちへの思いに広がっていったんです」。救えなかった妹への思いが、いまもどこかで助けを求める誰かの声へと変わって、ずっと胸の中に残っているようだった。

だから、この助産院ではサービスにお金を取らない。元気な子供が産めるように、妊娠した女性たちの栄養が偏らないためのまかないランチも、無償で提供する。衛生的な水が手に入らない地域では粉ミルクで育てることに危険が伴うから、うまく母乳が出るまで何日間だって母親と向き合う。家が無ければ、産んだ後にいつまでクリニックに入院していても構わないという。

同じバリ島に店舗を構えたユニクロも、地域の人々を支える彼女たちの活動に共感して、毎月生まれる子供たちへ産着を寄付している。「この産着は助産院にとって特別なもの。第一に美しいでしょう。そして品質の高い服を買えない母親にとって、何よりのプレゼント。助産師たちも、渡す瞬間が大好き。だって、すごく喜んでもらえるから」とロビンは言う。

ユニクロのメンバーたちが初めて助産院を訪れたとき、尽くすことに精一杯でくたくたになったTシャツを着て、スタッフと走り回る彼女の姿が目に飛び込んできた。目の前の彼女たちを支えたくて、スタッフのユニフォームになるTシャツもユニクロから支援を申し出た。助産院の活動に共感する人たちによって支援の輪が広がっていき、いまブミセハット国際助産院はインドネシアとフィリピンで合わせて6つの診療所がある。この場所だけでなく、災害や困りごとがあればスタッフもロビンもすぐに現地へ飛んでいく。

赤ちゃんからお年寄りまで出産に関わる症状以外でも診察するし、ここは語学やIT教育を受けられる場所もあって、奨学金プログラムを設けて年間6000人以上の看護師や助産師を育てているのだとか。

子供を産むための施設だけじゃなくて、どうして教育も受けられるようにしたんだろう? ふとした疑問を投げかけたら「『次世代に尽くすのが趣味だものね』ってスタッフたちから言われるんだけど」とロビンはいたずらっぽく笑った。

「あなたから見た私は、もうおばあさんでしょう。あなたたちの世代は、未来を良くしよう、世の中を良くしようという気持ちにあふれている。私たちが子供や孫、そしてひ孫に何を残せるのだろうかということを私は日々考えているんです。地球はいま、さまざまなストレスで疲れちゃっているけど、私の世代が次の世代の皆さんに尽くすことで、そこに希望が見えてくるんじゃないかなって感じているから。私も小さいころ、フィリピンで助産師をしていたおばあちゃんに『常に誰かを助ける人であってね』って言われて。戦争があったころ家も何もない人たちのお産を手伝いに走り回っていた人だった。想像もつかなかったけど、その生き方を受け継いだのかもね」。

気持ちよさそうに朝の風に吹かれながら、時折外から鳥の声が届く部屋で穏やかに語りかける彼女を見ていると、人を好きになるってこういうことなのかもしれないなと、ぼんやり考えてしまう。ブミセハット国際助産院には、彼女が言うように愛があるんだ。そんな風に言うとなんだか陳腐に聞こえてしまうけど、本当だから仕方ない。誰かを好きになると、自分も少しだけ世の中を良くしたいと思うもの。その思いが、私たちの明日を繋ぐ鍵になっているのかもしれない。

プレゼントされたエアリズムメッシュを着る赤ちゃん。
スタッフと語り合うロビン。
最近は人混みを避けるために買い物へ行きにくいので、産後にプレゼントしているセットは特に喜ばれるという。中にはエアリズムの産着や子供服、ぬいぐるみなどが入っている。

Bumi Sehat Bali Clinic

ロビンが設立したブミセハット国際助産院のバリクリニック。無償で助産や医療を提供する活動を続けている。

Jalan Nyuh Bulan, Banjar Nyuh Kuning, Mas, Ubud, Gianyar, Bali, 80571, Indonesia

Store Information

UNIQLO Mal Bali Galeria

空港やクタビーチにほど近いバリ島中心部の大型ショッピングモール「Mal Bali Galeria」2 階に、2018年にオープンしたユニクロ。熱帯の観光地バリでは珍しく冬服も扱っているので、旅行帰りで寄るのにもちょうどいい。

Jl. By Pass Ngurah Rai, Kuta, Kabupaten Badung, Bali 80361
OPEN 10:00-22:00 Dialy

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