2006年07月04日
BACKSTAGE REPORT ユニクロ ソーホー ニューヨーク店 堂前宣夫 ~「考える人」2006年夏号~
~「考える人」2006年夏号(新潮社)より転載~
実験ではなく、勝負がかかった
「世界の会社」への第一歩
グローバル旗艦店
ユニクロ ソーホー ニューヨーク店
堂前 宣夫 (Domae Nobuo)
ユニクロは、日本では広く認知されたブランドになってきました。しかしその一方で、まだ基本的に日本が中心のブランド、とも言えるのです。つまり、会社の構造そのものも、今のところはまだ「日本の会社」のままなんですね。
この秋にオープンするソーホー ニューヨーク店については、「日本の会社」であるユニクロが特別にアメリカに進出する、という考え方はまったくありません。ユニクロがグローバルな企業として会社の構造自体を変えてゆき、態勢を整えて世界で展開していくための第一歩。その旗艦店という位置づけです。大変重要な意味合いを持つオープンなのです。ですから、このソーホー ニューヨーク店の成否は、店の成功を問われるだけではありません。ユニクロのこれからの展開は、すべてここから始まるのですから、失敗してもいい、実験だ、というのではなく、最初から勝負のかかったプロジェクトなのです。
店の広さは千坪。ユニクロとしては国内外問わず、これまででもっとも大きい。場所はニューヨークのソーホー地区です。ソーホーは昔はアーティストたちが多く住むエリアでしたが、しばらく前からだいぶ様変わりしました。最先端のトレンドを狙ったものから一般的なデパートまで、ファッション・ブランドが軒をつらねています。とくにこのブロードウェイ沿いのプリンスストリートとスプリングストリートにはさまれた一帯は、週末には銀座のような賑わいを見せる場所です。近くにはバナナ・リパブリックもH&MもZARAもある。だから、ユニクロがニューヨークに店を出す、それもグローバルな展開の第一歩として考えた場合に、これ以上は望めない最高の立地だと思います。ニューヨークへの出店を考え始めた頃から最有力候補だったエリアでした。今回ここが物件として出たのは偶然ではありますが、もともと狙っていた場所でしたから、こういう時期に、絶妙なタイミングで物件が現れて物事が大きく動き出したと言えますね。
大規模店でユニクロの全体像をたっぷりと表現
欧米での展開は五年前にロンドンでスタートしました。当時は他の候補地として、アムステルダムやカリフォルニア郊外なども検討対象に入っていました。ニューヨークも候補でしたが、なにしろニューヨークは世界で一番大きな市場です。何もわからないままいきなりそこで店をスタートして、「失敗しました」というわけにはいかない。一方、ロンドンは影響力の大きいところですが、必ずしも大きな市場ではない。したがって、五年前は、巨大な市場であるニューヨークでいきなりスタートするよりも、コンパクトなロンドンのほうが比較的やりやすいのでは、という判断になったのです。
ニューヨークでの店のスタートの方法として、マンハッタンの何ケ所かで同時に店をオープンさせるほうがインパクトがある、という考え方もあるでしょう。しかし二ケ所で同時にスタートとなれば、それをオペレートする複雑さは二倍ではすみません。ですから比較的小規模の店を何ケ所かで同時に展開するより、ユニクロというブランドの全体像をたっぷりと表現できる大規模な店で、お客さんとしっかりコミュニケーションがとれたほうがいいのではないか、という結論になりました。
ニューヨークには、ユニクロの合理性が先進的なものとして受け入れられる土台や素地があると感じますね。このプロジェクトが始まると同時に、優秀な人材が次々に集まってきているのがその現れではないかと思うのです。これまで海外出店で苦労したのは人材獲得だったのですが、今回はうまく進みつつある感じがする。すでに世界で闘うユニクロが伝わりつつあると感じています。
ソーホー ニューヨーク店がスタートし、ユニクロブランドが認知されて根づいてくれば、その後は複数の場所で展開することも可能になってきます。二百坪や三百坪の小さな店舗であっても、充分にやっていけるでしょう。ですから、まずは大規模店で思い切ってスタートする必要があったのです。
ロンドンで学んだことはもうひとつあります。ユニクロの基本にあるベーシックな商品をどうやって手にとってもらうか、ということです。ベーシックな商品というのは、最終的には買ってもらえるものであることは間違いない。ところがベーシックなものだけでお客さんにお店に入ってきてもらえるか、となると話は違ってくるのです。ブランド自体がトレンドやファッションの流れに反応してその波に乗っているかどうか。その気配がないと、古臭くて気持ちの弾まない店だととられてしまう可能性があります。
ファッションの要素、トレンドの要素は必要不可欠なのです。今回の大規模店では、ベーシックの要素も、ファッション・トレンドの要素も、両方とも十分なスペースをもって表現できる。この意味からも、最初のグローバル旗艦店としては、この規模が本当に不可欠であると思います。そうは言いつつ、ベーシックがユニクロの独自の強みであることは間違いないので、これまで以上にベーシックは強化して、ユニクロ独自の強みとして打ち出していくつもりです。
ソーホー ニューヨーク店のすべてを最高の表現に
ニューヨークでは一昨年ぐらいからデザイン部門である「ユニクロ デザインスタジオ ニューヨーク」をスタートさせて商品開発を始めています。商品開発をグローバルな目で見て強くすることが大きな目的です。この秋冬から、このスタジオを中心にディレクレションされたものが、世界中のユニクロに本格的に送りだされることになっています。
商品ばかりではなく、店自体も同じです。あらゆる分野から最高の人材に集まってもらって、店のすべてを最高の表現にしなければならない。クリエイティブ全体のディレクションを佐藤可士和さんにお願いすることになった理由はそこにあります。店舗デザインの片山正通さんも、ウェブデザインの中村勇吾さんも、佐藤可士和さんが連れてこられた方々です。お二人とも世界的に注目を浴び最先端で仕事をしておられる。今考えられる最高のデザイナーが集まった夢のようなチームが実現したと思っています。
ユニクロはグローバル企業になる、と最初に申し上げましたが、ニューヨークでどう受け入れられるのかと言えば、それはやはり「日本のブランド」として、だと思います。それでは彼らが「日本のブランド」だと認識したときに、期待するもの、連想するものは何か。それは精緻さ、整理整頓されている感じ、品質の良さ、シンプルであること、わかりやすさ、深く考えられていること、といったものではないか。それらの期待を充分に満足させつつ、それを超えるものを差し出さなければならない、と私たちは考えたのです。商品については、いままでのものをさらに研ぎ澄ます。佐藤可士和さんがまとめてくださったチームは、そういう商品を最高のクリエイティブ・デザインで包んで送りだしてくださるはずです。
プロジェクトごとに本棚一つ分の本を読む
私は入社して七年になります。いま三十七歳ですが、役員のなかでは柳井さんに続いて二番目に古い人間になってしまいました(笑)。東京大学の大学院で人工知能の研究をしていたのですが、アルバイトをしていたマッキンゼーでコンサルタントの仕事を知って面白いと思い、そのまま入社してしまったのです。マッキンゼーには五年いました。そろそろ他の仕事をしようかなと思った頃に、トヨタとかホンダのような世界の会社になると言っている若い会社、ファーストリテイリングに目がいったのです。
二十九歳で役員としてユニクロに入って、でもまわりもみんな若かったですから、全体に元気で行動的でスピード感がありましたね。最近は年をとり過ぎですね。もっと若い人を抜擢してやっていかないといけないのではないか、と思っています。
すでにほとんどニューヨーク暮しになっています。休みの日はとにかくぼーっとしているか、本を読んでいるか、町をブラブラしているか。テレビとか映画は見ませんね。読書も本当は嫌いですね。ですから、読むのは仕事関係の本だけです。仕事の本を厖大に読むというのはマッキンゼー時代に培われた習慣です。当時は、ひとつのプロジェクトごとに本棚一つ分ぐらい本や雑誌を読まなければならなかった。たとえば産業機械の会社のコンサルタントをする場合には、市場状況や競合状況など経済的な背景や、技術論はもちろん、機械にはどんな種類があって、どういう仕組みになっているのか、最先端の機械にはどういうものがあってどんな技術が入っているのか、こういった業界基礎知識をすべてわかった上でなければ、最初の入り口の話し合いすらできない。営業現場に行っても、工場に行っても、雰囲気以外は何もわからない。当然のことなんですけどね。
ニューヨーク、小売、アパレル、ファッション、クリエイティブ、アートについての本はかなり読みましたね。ニューヨークではよく街中をブラブラ買物しています。結構詳しいですよ。ビジネスばかりではなくて、たとえばギャラリーとか若いアーティストにはどんな人や作品があるのか、なんていうのにも詳しくなったと思います。この分野は楽しいですね。だから苦にならない。行き帰りの飛行機のなかでは本を読み、パソコンで次々に新しい本の注文をする。一日に、二~三冊読んでいないと間に合わないですね。忙しいときこそ本を読まなければ。それを怠ると後になってやらなくてもいい無駄なことをいっぱいやることになってしまいますから。うちの奥さんには家が本だらけだと文句を言われてますけれど(笑)。
2006年秋にニューヨーク、ソーホーに新たな旗艦店をオープンすることは、世界を代表する大都市で、世界中のお客様にユニクロの良さを直接体感していただくことの出来る、ベストな方法だと考えています。昨年秋の銀座店のオープンから一年、今私たちに出来るすべてを注ぎ込み、さらに進化した新たなユニクロで、世界のお客様に最高のお買い物をしていただけるお店を目指します。このソーホー ニューヨーク店は世界のユニクロを代表する「グローバル旗艦店」となります。今後のユニクロ事業の成長エンジンとなるユニクロ ソーホー ニューヨーク店にご期待下さい。
「考える人」2006年夏号
(文/取材:新潮社編集部、撮影:菅野健児、丸山晋一(ニューヨーク撮影))
詳しくは、新潮社のホームページをご覧下さい。