2004年10月05日
BACKSTAGE REPORT ユニクロプラス心斎橋筋店 オープンの舞台裏(後編) ~「考える人」2004年秋号〜
~「考える人」2004年秋号(新潮社)より転載~
(前編はこちらです)
「そう簡単にはいかない。苦しい軋轢もありました」
ジュゼッペ・リニャーノ Giuseppe Lignano 建築家
小林広幸 Kobayashi Hiroyuki ユニクロデザイン研究室執行役員
建築家ジュゼッペ・リニャーノが語る「空港的なもの」とは何だろう?
ユニクロの考え方は明確です。ウエアハウス(倉庫)スタイルの店舗に機能性のある商品を積み上げ、消費者が手に取りやすいようにする。
このヘルプ・ユアセルフのコンセプトは面白いと思います。コンセプトを生かしたまま、どうやって新しくライフスタイルを提案したり、新たな暖かみのようなものをプラスしていけるかが、今回のプロジェクトの大きなテーマでした。
ニューヨークでは、オランダの有名建築家レム・コールハースが新しいプラダの店を設計しました。彼はアイディアの豊富な建築家ですが、プラダのようなハイエンドの店を設計することは、ある意味でやさしいとも言えるのです。もし彼が、プラダではなく、一大スーパー・チェーンの店舗デザインを担当したらどうだったか。建築的に言えば、その方がチャレンジングだし困難さの伴う面白さがあったはずです。そういう意味でも、私たちにユニクロから声がかかった時、自分たちのなかにストックされているアイディアを、そのまま出すだけではすまされない大きな仕事になるだろうと直感しました。
ブランドの集まる心斎橋筋を注意深くリサーチして、自分たちのプランを最初に出したとき、いきなりお互いに相容れない状況に陥ってしまった(笑)。今まで私たちに設計を依頼してきたクライアントは、コンテンポラリーでアヴァンギャルドな私たちのデザイン・スタイルを理解して、それをストレートに表現することを望む人たちがほとんどでした。
ところがユニクロはもっとべーシックなものを求めてくる。手強いクライアントでした。だから最初は「じゃあなんでローテクに依頼してきたんだ」「だったらどうして引き受けたんだ」という話にもなりかねなかった。一緒にはもうやれないかもしれない、という状況にまでなったんですが、ユニクロの北村氏はニューヨークまで来てくれたし、私たちも東京に行って、遠慮なく議論しながら、「苦しい軋轢」を「美しい経験」へと変えていったわけです(笑)。最後まで決裂しなかったのは、私たちの間にお互いの仕事を尊重し合う部分がしっかりとあったからだと思います。
心斎橋筋店で展開したかったイメージのひとつは、「空港的なもの」でした。お客様に的確な情報を与えて、何かわからないことがあってもきちんと答えられること。何がどこにあるのかわかりやすいこと。その機能性のなかに躍動感があり、ワクワクする気分が漂っていること。その場にいるだけで楽しい。そんなイメージです。
その雰囲気を外側からも感じてもらいたかったので、お店自体がステージになるように、カットした前面の壁をガラス張りにし、開放感をつくり出しました。表通りから店内を見たときには、ステージのように見えるはずです。
ユニクロの服はシンプルで持続性のあるところが個人的には好きです。品質がいいのはもちろんですが、いつ行っても商品が揃っているのが素晴らしい。在庫を切らさないという強烈な方針はユニクロの強みだと思います。店に新たな要素が展開されるにしても、この基本はこれからも強調していいことではないでしょうか。
大きな会社が新しいアイデンティティや視覚的な店舗の個性を求めるときに、いかにそれを展開し実現させるのかは、重大なポイントです。そう簡単なプロセスであるわけがない。そう考えれば、私たちはしかるべき経験をしたのだと思っています。
デザインのベーシックは、奥が深い。小林広幸が語る「削ぎ落とす必要」。
ユニクロは日本で一番多くの服を売っているブランドです。私が以前の会社でやっていたパリ・コレの仕事とは、対象にするお客さまの数が極端に違います。ただ、日本の一般の方々にはパリ・コレにちょっと誤解があるんじゃないでしょうか。一般的にはデザイン過多で普通には着られないものという印象があるんですね。実はそれは一部の現象であって、パリ・コレをまとめた本を見ていただければわかりますが、一流の人が目指すものはやっぱりベーシックなんですよ。ベーシックの追究ほど奥が深いものはないんです。
ところがユニクロに入ってびっくりしたのは、ベーシックを追究するブランドにしてはデザイン過多な部分があるんです。僕が今まで育ってきた環境から言えば、ポケットひとつにしても、線一本にしても、意味のないことはやってはいけない、と教えられてきたんですね。でもユニクロの服を見ると、どうしてここにこういうポケットがついているのか、何でここにたくさん線が入っているのか、というような結構無理をしたデザインを感じるものが少なくないんです。
僕はメンズのデザインを統括する責任者なので、最終チェックの段階で「この線を普通に戻してください」「このポケットをとってください」とお願いすることのほうが多い。
デザイナーは一回やったことを次のシーズンで繰り返したくないと思うでしょうし、MD(マーチャンダイザー)にも「これ去年と同じじゃないですか」と言われるかもしれない。そんな理由で知らないうちに無駄なものが入り込んで来ている感じなんです。
デザイナーの個人的な発想だけでデザインしたものを「こういう服ができたから売ってください」というやり方はユニクロではあり得ません。様々な方法でお客さまの望むものを探り出し、どれぐらいの規模で売り出すかまで細かく慎重に計画しますよね。ただあんまり計画が緻密すぎると、デザイナーはそれにがんじがらめになっちゃって、下働きみたいになってしまう。計画から来ただけじゃない服の楽しさを失ってはいけないと思っています。
ユニクロのサイズは基本的にS、M、L、XLの四サイズです。この四サイズによって一般的な日本人の八割ぐらいをカバーしているわけです。ただカバーしようとするあまり、大は小をかねるということで、デザイン的には少し余分な分量感が出ているような気がしたんです。きれいなシルエットを出すためには、その余分なところを削ぎ落とす必要があります。
僕がユニクロに来て期待されていたのは、従来のユニクロのデザインに何かを足してほしい、ということだったかもしれません。しかしやっていることは削ぎ落とす仕事のほうが多い(笑)。余分な分量感を削いで、実際に試着してもらえば、服の品格とか着心地とはどういうことか、実感できると思います。ベーシックを追究する本来の意味がわかってもらえるはずです。
「大は小をかねる」でできているデザインの修正をすると、これまで百人着ることができた服が八十人ぐらいに減るんじゃないかって思う人もいるかもしれません。これも誤解なんですね。たとえば、あるジャケットを素材にして、デザインの削ぎ落としをしたものをMDの人に試着してもらった。そうしたら「あれ? これ本当にMですか? 着やすいですね。Lじゃないんですか?」って反応がありました。着心地とか着やすさというのは、大きめならそれでよし、ということでは決してないんです。
もちろん時代性、流行ということもあります。全体の流れのなかで、人のサイズ感も変化します。それによって大きいとか小さいという感覚も変わります。このことも見えていないとデザインとしてのサイズを間違えることになる。
ユニクロで一番びっくりしたのはひとつの服を作るのに、最低でも五回、多いものは十回ぐらいサンプルを作って十分な検討を重ねた上で初めて商品化することですね。一回ごとに素材、縫製、デザイン、シルエットといったことをいろんな部署の人が集まっていろんな目で検討し討議して変更が加えられていく。やっぱり大変な数を生産する会社なんだなあと驚きました。
ただ、あんまりいろんな人の意見を総合してしまうと、つまらない平均的なものになりかねません。その交通整理をするのが僕の仕事でもあるわけです。
僕がユニクロに入ってからアトリエを作ってもらいました。デザイナーの手作業を復活させたかったからです。実物大のパターンを引いて、自分たちで試しの生地で縫製してみて、ここでアイロンもかけて、という作業ですね。以前だったら、パターンが出来たらいきなり工場でサンプルを縫ってもらっていた。ですが、その手前で自分たちの手で縫うことによって、デザインの線がいいか悪いか、袖が付けやすいかどうか、といった具体的なことが見えて来るし、修正もできます。サンプルとは違って遠慮なくどんどんハサミも入れられますしね。サンプルに出す手前のこの手作業が大事なんです。
ユニクロは素材についてのこだわりも強い。主にその素材の機能がどういうものか、という点です。もちろんそれはそれでいいんですが、僕がいちばんこだわりたいのは素材と仕立て映えの関係です。生地の段階では良く見えても、仕立て映えがいいかどうかは縫製してみないとわからない。だからあまり機能にこだわり過ぎても、着地点を見誤ることになります。着ることの楽しさと機能をうまく融合させる必要がある。
心斎橋筋店のオープンはデザイナーにとって大きなチャンスだと思っています。心斎橋筋だけで売り出すプレミアム商品でこれまで実現できなかったことを威勢良く打ち上げることができますから(笑)。
一方ではユニクロの服のデザインのベースを磨き上げる。また一方では心斎橋筋で一歩先を行くような洗練されたデザインの服でヒット商品を出す。こうなってくれば、それを全国にまで広げる可能性も出て来ます。心斎橋筋店がオープンすることは、私たちデザイン研究室にとって、とてもラッキーなことだし、最大のチャンスだととらえています。
Giuseppe Lignano
建築家ユニット、LOT-EK(ローテク)は、彼ジュゼッペ・リニャーノと女性建築家アダ・トーラの二人が設立した。ともにイタリア、ナポリ出身。ナポリ大学建築・都市計画学科を卒業後、コロンビア大学建築・都市計画学科修士課程を修了、という学歴も同じ。コンテナや石油タンクなど工業製品を利用したアヴァンギャルドな建築で一躍注目を浴びた。ニューヨークに拠点を置き、設計活動のほかアメリカを中心とする美術館での展示会も行っている。
Kobayashi Hiroyuki
ヨウジ・ヤマモトのパタンナー担当として、長きにわたりパリ・コレを中心に活躍。2003年11月からユニクロデザイン研究室に移り、メンズ商品のデザインを統括する執行役員に就任した。ユニクロプラス心斎橋筋店で初めて展開する、限定販売のプレミアム商品はもちろん、ユニクロのメンズ商品はすべて、小林氏の目を通した上で商品化され、店頭に並ぶ。
「考える人」2004年秋号
(文/取材:新潮社編集部、撮影:広瀬達郎)
詳しくは、新潮社のホームページをご覧下さい。