プレスリリース

2004年03月31日

BACKSTAGE REPORT 学生コラボTシャツの舞台裏(後編) ~「考える人」2004年春号〜

~「考える人」2004年春号(新潮社)より転載~

Tシャツについてこれほどたくさんの知らないことがあったとは・・・・・・。

盗作なのではないか、と室長は怪しんだ

20040331_1.jpg 日本とイギリスの学生からグラフィックTシャツのデザインを募集した「学生コラボTシャツ」の選考会場で、デザイン研究室長の多田裕氏は嫌な予感がした。猫の絵を最初に見たとき、「これはひょっとするとマズイのでは?」と感じたのだ。
 一息で描いたような水墨画風の筆運びが、二十歳前後の女性のものとはとても思えない。ひょっとすると、どこかからコピーしてきたのではないか……。
「学生コラボTシャツ」のデザインは、日本はエスモード・ジャポン、イギリスはロイヤル・カレッジ・オブ・アートに募集をかけた。百六十年以上前にフランスで設立され、数々の才能を輩出したエスモードの日本分校がエスモード・ジャポンである。ファッション界に新しい才能を次々と送り出し、いま最も注目を浴びる気鋭の学校だ。
 入学から卒業までの三年間、みっちりとカリキュラムが組まれている。大学卒業後に入学し、大学では経験したことのない厳しい授業と課題の山に音を上げる学生もいるという。社会人になってから入り直す人も少なくない。一年生の平均年齢も、学ぼうとする志も、どこか大人びて高い学校なのだ。
 猫の絵で応募した鶴岡真記子さんもその一人だった。大学では電気回路を学び、卒業後は技術系の会社でエンジニアの仕事に就いていたが、コストと能率ばかりを優先する仕事に嫌気がさし、二年目で会社を辞めた。今はエスモード・ジャポンで勉強をやり直し、ファッションの世界で働きたいと考えている。幼稚園の頃からずっと書道を学んできたので、筆遣いが若者離れしているのにも理由があったし、家で飼っている猫をふだんからよくスケッチしていたから、これも無理なくすらすらと自然に描けるモチーフだったのだ。  校内で開かれていた選考会場から授業中の鶴岡さんに呼び出しがかかった。多田氏は「失礼なことを聞くけど、これは本当に自分で描いたんですか?」とストレートに質問した。しかし誤解はすぐに解けた。その場の誰もが、時おり笑顔の混じる彼女の説明に、疑いようもなく納得したからだ。

たしかに面白いけど売れるのだろうか?

20040331_2.jpg ロンドンにあるロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)は芸術家を志す人間なら誰もが一度は憧れる大学院である。大学を卒業してすぐに入学する人が四割程度。残りは、一度は就職した経験があったり、あるいは様々な大学で学んだ末に、美術系の頂点に立つ最高学府としてのRCAを目指してやってくる場合が多い。
 Tシャツデザインのコンペティションに入選した作品、「ドラゴン」の作者であるポール・ボウデンさんは三十三歳。RCAに入る前は四カ所の大学と大学院で学び、他の芸術大学では教壇にも立ち、イラストレーターとしての活動もしていた。
 Tシャツのデザインは、表も裏もひとつの絵が包み込むようなものをイメージした。Tシャツの文法や常識があったとしても敢えてそれを無視し、自分のイマジネーションのすべてを表現したいと考えた。
 完成し提出する段になって、自分が規定のサイズを全く考えていなかったことに気づいた。頭に血がのぼりパニックになった。しかしその場に居合わせた担当教授に「作品を見てもらうことが大切だから」と言われ、提出するだけはしたのである。「ドラゴン」を含め、RCAの学生たちから集まった応募作品は約五百点にも及んだ。
 ロンドンでの選考会で、多田氏は「ドラゴン」が一番面白いと見ていた。  Tシャツ担当のグラフィックデザイナー久保下陽氏も、「ドラゴン」の作品力に圧倒された。しかし同時に「面白いけど売れるだろうか?」とも思った。商品としては難しいところがある、と感じたのだ。
 最終的に五百点あまりのなかから一等に選ばれたのは「ドラゴン」ではなかった。一等は、ローラ・カーリンさんの作品「十一月四日に私が出会ったすべての人々」。  イラストレーター志望の彼女は昨年も応募し、佳作入賞を果たしていた。その経験から、Tシャツに求められているデザインとは何かをしばしば考えるようになった。考えれば考えるほど「すべての世代の人が着ることができ、男女の区別もないもの」……すなわちユニセックスのTシャツをデザインすることの難しさを痛感した。しかし今年もまた、再度チャレンジしようと思っていたのだ。
 彼女の作品はタイトルどおり、Tシャツの表側に「その日に出会った人々」の顔がたくさん描かれている。背中の側にはその普通の人々の「後ろ頭」がずらりと並んでいる。シンプルでわかりやすいモチーフは、不思議と何かを訴えかけてくる印象的な作品になった。 「ロンドンの学生さんは伸び伸びとつくっているし、それに制作にじっくりと時間をかけてます。日本の学生はちょっと忙しすぎるのかもしれないね」と多田氏は言う。
「Tシャツという枠にあまりとらわれず、好きなように作品を作ってくる傾向は、ロンドンの学生の方に強く感じます」と久保下氏。
 受賞作が決まると、その他にも採用が決まった全二十三点のデザイン作業が開始された。久保下氏は、作り手の意図や思いをなるべく尊重し、受賞者の意見をよく聞いた上で、プリントする際の技術的な側面からの提案もしながら、丁寧にデザインの作業を詰めていく。  久保下氏はこれまでのTシャツの評判や売れ行きからTシャツはどういう傾向のものが好まれるのか、ある程度予測することはできるようになっていた。しかし、「ドラゴン」のように「あまりTシャツ的でない」作品をどう生かすことができるのかについては、「一丁あがり」的な発想では仕事を進められない、と感じていたし、普通におさまり過ぎないことも常に意識しながら作業を進めるようにしていた。「学生コラボTシャツ」は、売れる売れないだけで選んでいるのではなく、面白さや可能性の場であってほしいと考えているからだ。選考会で一等から三等まで決める際に、真っ向から対立する意見が出て、議論することを誰も厭わないのも、選考に関わる人間にその考え方が共有されているからこそ、なのだと思う。
「学生コラボTシャツ」はもちろん、ユニクロのグラフィックTシャツの全体を見ているマーチャンダイザーの進藤氏は、「ドラゴン」についてこう考えている。
「おそらく売れないと思うんです。こういう派手なものって、たぶん普段は着ないんですよ。何だかよくわからないものが、こんな感じで派手にのっているTシャツにはなかなか手が出ないでしょう。だけど、『ドラゴン』は選考に関わった人たち全員が気に入った作品でした。だからこそ、やってみよう、やってみたいね、と不思議に盛り上がってしまった(笑)。プリント上の難しさを直感した工場の技術者も『ここまで来たからにはやってみましょう』と言ってくれましたし、『ドラゴン』はTシャツプロジェクト全体の志気を高めてくれたのかもしれません」

中国の工場へ行きその技術に驚く

20040331_3.jpg「学生コラボTシャツ」プロジェクトのハイライトは、自分たちがデザインしたものが中国の工場で実際にプリントされる作業を見学する研修旅行だった。
 四泊の旅程で、日本とイギリスのそれぞれの受賞者を中国旅行に招待し、当地で交流しながら、工程を見せてもらうのだ。この研修旅行を提案したのは多田氏だった。
「原画を描いてもらって、それを右から左にデザインして、生産して、それを店頭で売らせていただきます、というのだけじゃあ面白くもなんともないじゃないですか。自分が描いた作品が、どういうふうにデザインされて、どういう工場で、どんなプロセスで完成されていくのか、ちゃんと観察して説明を受けたらきっと面白いはずでしょう? モノを作ろうとする人は、そういう現場を知ることも大切な勉強です。だから一等から三等までの受賞者の副賞として、中国の旅をつけてもらったんです」
 日本とイギリスの学生たち六人の旅は、彼らの膨大な好奇心と急速度で変貌しつつある中国のパワーがぶつかり合い、彼らにとって忘れがたい経験となったようだ。「ドラゴン」の作者は、イギリスで目にしていたシルクスクリーン職人の技術を上回る、中国工場の職人の腕に目を瞠った。
 日本の学生たちも、想像を遙かに超える工場の規模の大きさに驚きながら、自分たちがデザインしたTシャツが実際にプリントされる工程に目を奪われた。  中国旅行に同行し、イギリスと日本の学生のコミュニケーションを支えたデザイン研究室の渡邊奈美子氏にも、猫の絵の鶴岡さんからメールが届いた。発売を間近にひかえて、ユニクロのプレスルームに展示された自分たちのTシャツや他の多種多様なTシャツを見学しての感想。
「商品をつくるということは、人に着てもらう訳だから、自分が着たいと思うものを本来は作らないといけなくて、納得いくものを作るということはなかなか出来ないことだと、今回実際にTシャツを作る工程に携わらせてもらって実感しました。  どうもありがとうございました!」
「売れないだろう」という「ドラゴンTシャツ」も、ロンドン店も含むユニクロの全店で販売が予定されている。彼らも自分たちのTシャツが売られている様子を見に、店に足を運ぶはずである。

※前編はこちらからご覧下さい。

「考える人」2004年春号
(文/取材:新潮社編集部、撮影:広瀬達郎)
詳しくは、新潮社のホームページをご覧下さい